ネオンの微熱
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「木下、今日この後空いてないか?」
「ああ?」
終業後、すぐさま木下を見つけ声を掛けにいくと、この間告白してきた面影なんて微塵もない目つきの悪さで睨まれた。困ったようににこりと笑いかけると少し顔を赤くして顔を逸らす。そんなところを見ていれば俺のことが好きだった、というのも本当だったのかと思い出す。
とはいえ、これは俺の顔がそういう仕様になっているのだから仕方がない。目元を緩ませることだけ意識してしまえば、作り笑いでも大層な笑顔になってしまうのだ。骨格の話だ。なんだかんだで昔から気に入らずにいるも、ことごとく助けられてきた俺の武器。
俺の笑顔のごり押しにやられ木下が溜息を吐く。頭を抱えぐしゃりと髪をかき回す仕草はちゃんと男らしくて、時折垣間見える木下のそういった素は思った以上に男だった。性格だっておそらくみんなが思っているより男らしい。
そんな木下が不貞腐れたように俺を見上げ、低くぼそぼそとした声で言った。
「お前さ、なんでフった男とわざわざ関わろうとするわけ」
どうやら木下のなかでは俺がフったことになっているようだ。一気に萎えただの冷めただの言っておいて。俺にはそれが強がりには見えなかったが、当たり前だがそれなりの気まずさはあるよう。
「慣れない土地で緊張するインターンで、知り合いもいなくて寂しいか?俺に付き合わせんなよ。何がしたいの嫌がらせ?最高だね。最高にいい性格してるよ王子様」
吐き捨てるようにそう言われる。俺はただ、にこにこと笑って聞き流した。イライラしたように木下が顔を赤くした。
「なあ、なんで。お前気持ち悪くなかったのかよ?普通引くだろ。話したこともない男に告白されて、俺とお前の仲がそれなりによかったらまた別かもしれないけどお前俺のことなんて知らなかったろ。偏見とかないわけ?」
「…まあそんな警戒しないで」
さすがに涙目になってまで虚勢を張る木下がかわいそうになってきた。もちろんだが俺は木下には一片も気持ちがあるわけではない。しかし木下が怖がっていることが何なのかはなんとなく察しがついていた。
「ちょっと話たいことがあるだけ」
「俺は…」
「俺は木下のこと、恋愛的に好きなわけじゃないよ。だからと言って木下の気持ちを弄んでどうこうっていうんじゃない。興味半分の下心で近づいてるわけでもないから」
好きじゃない、はっきりとそう言った時、この前よりもずっと深く傷ついた表情を一瞬見せた。あんなに人のことを童貞だなんだと笑っておいて、当然コイツも傷つくところではちゃんとショックを受けている。
悪いな、木下。傷口に塩塗りたくるようなマネして。
それでも、俺に下心がないということが分かると、明らかに肩の力が抜けるのが見て取れた。もう一押しだ。いつもはちょろいな、なんて人に対して簡単に思う俺も、このときばかりは真剣だった。
「…明日も早いから、インターン終わってからじゃ駄目か?」
心の中での葛藤が微かに見える。きっと木下の中では、俺にはまだ関わりたくないって思いと、こっちに折れそうな気持ちとで、できるところまで譲歩した答えがそれなのだろう。俺のことを信用しきれていないから、木下にとっての最善の選択。おしいな、もう少し。ぐっと握った手に力が入った。
「東京にいる間がいいんだ」
「…」
できれば今日がいい。なるべく早いうちに頭を整理したい。明日じゃ少し遅い。
木下はまだ悩んでいるようだった。そりゃ慣れない仕事と体力のすり減る緊張感がまた明日も続くのだ。今日このあと飲みに行こうなんて誘いだったら俺だって断る。当たり前だ。
「軽くでいい、夕飯でも食べにどう?」
おそらく泊っているホテルも同じなのだろうが、ここで面倒くさがって部屋にでも上げてしまえばますます警戒される。
木下は諦めたようにふっと息を吐くと小さくうなずいた。
「それなら、まあ。宿の近くで遅くならない程度に。食べたらすぐに帰るからな」
「長居するつもりはないよ、ありがとな」
今度は安心で作り笑いでもなんでもない笑顔を向けると、木下は眉間にしわを寄せてそっぽをむいた。
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