ネオンの微熱


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東京とは言え、職場が郊外に位置しているから泊っているホテルも大都会を見渡せるわけではない。夕飯を食べに入った定食屋は、愛想のいいアルバイトが一人でホールをまわす、小さくとも賑わっているどこか田舎くさい店だった。

相変わらず仏頂面で向かいに座る木下は状況をよく読み込めていないのか、一言もしゃべろうとしない。
俺はただまったりと柔らかい表情でいられることを心掛けた。俺が余裕を見せないと上には立てない。

「木下はさ、例えば仲がいい奴に、一番の友達だと思ってる奴に…その自分がゲイだって言うか?」

ざわめきに声がかき消されるくらいがちょうどいい。木下にだけ聞こえるくらいの声で静かにそう聞いた。チラと俺を見上げた木下はただ戸惑っているような、怪訝な顔をしていた。

「急に、何?」

やっぱりそう簡単に警戒なんて解いてくれないよな。俺は人の同情を買うような、心底困り果てているような顔で笑った。使えるものは使うべきだ。表面的な表情で相手の心が揺れるなら、利用しなきゃ意味がない。
俺がくどいくらいそんな顔をするものだから、木下ははぁっと溜息をついた。

「…俺は言ったよ。もともと親にだって知られてることだったし。隠してるのも、居心地悪いし」

不機嫌そうにぶつぶつと言ってくれる。その表情からも何かを読み取ろうとして、俺は必死に木下の動きに目を向けた。

「そもそも俺にとってそいつは友達でしかなかったし…」
「友達でしか…?」
「もし好きにでもなってたら絶対に言えないよ」
「なんで?」
「なんでって…怖いからに決まってんだろ。親友なんていったら期待もっちゃうじゃんか、もしかしたら俺のこと受け入れてくれるかも、とかさ。相手は俺のこと友達としてしか見れないのに。好きになった奴には好かれたいって思うだろ」

そっか。じゃあ本当に瀬津は俺のことをただの友達としてしか見てなかったんだ。だから俺に自分がゲイだと言えた。

「その友達とはその後は今まで通りで?」
「当たり前だろ。俺だって手当たり次第に男を好きになるわけじゃないんだし、向こうもそれを知ってるから。俺がお前は友達だっていったら俺にどんな性癖があろうが友達なんだよ」

たとえ恋愛対象になるのが男であっても、友達なのだといったらそれは友達。当たり前だ。木下の言った通り、好きになる対象を性別のくくりだけで見て警戒するなんてただのバカだ。

必ずしも人を好きになれるわけじゃない。大勢の中のたった一人を好きになるなんて、その一人に選ばれるなんて、奇跡的なものだ。

誰がなんと言おうが、個人の気持ちなんてその人にしか分からない。瀬津の気持ちは瀬津にしか分からない。俺に分かることなんて、一つもないのだ。すべては推測でしかない。もしくはただの俺の自意識過剰な妄想だ。

瀬津は自分の意志で俺に会おうとしないんじゃないのか。だとしてもその真意をどうはかればいい。

嫌いな奴とは関わらなければいい。それを選ぶことは出来るのだから、無理をする必要なんてどこにもないのだ。いつか壊れることは目に見えている。自分の意志で付き合うことをやめたというのは、つまり関わりたくないと判断したからじゃないのか。

どんなに嫌いな奴であっても、それなりの付き合いがあれば、友達と言わざるを得ないだろう。思い違いや思い込みは無言の圧力になって、相手をぐりぐりと圧迫する。

俺は一度恐ろしさを感じたことがある。瀬津に対しての執着だ。自分がそんなにも依存していたのだと自覚したのはまだ高校生の時。友情の1つ、友愛として向けられる感情は自分で思っていた以上に重たかった。

もしそれを感じ取った瀬津がそれに苦しめられていたとしたら。

離れるのも当然の話だ。

そこまで考えてふと思った。俺はもう無理に瀬津を追うのはやめたほうがいいのか?でも、だって心配だろう。友達相手にそう思うのもおかしいのか?

なんだか自分が気持ち悪い。



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