ネオンの微熱


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 いつもは俺が必ず入間さんより早くいることで、マウントを取ったような、上に立ったような気分でいるのだが、今日は待ち合わせの30分以上早く店に入った時、すでに先輩はいつものカウンター席に座っていた。

 スーツのジャケットを脱ぎ、Yシャツの袖はまくり上げているのを見て、もうじめじめと蒸し暑くなってきている季節だと思い出す。梅雨に入り、外はいっこうに止まない雨だ。湿気のせいか、いつもは綺麗にセットされている先輩の髪はすこしぺたんと落ちていた。
 
「おう、浩二…お前暑くねーの?」

 GWくらいからあまり変わらない俺の服装に先輩は第一声につっこんだ。俺はいまだにぶ厚めのパーカーを羽織っている。汚いビニール傘をたたんでから傘をあずけ、雨よけに被っていたフードを下ろした。じめじめとパーカーの中には熱が籠っていたが、エアコンの効いた室内では体が冷えるのいつものことだ。
 
「クーラー弱いんだよ俺。俺の体は繊細なの」
「んな頭してよく言うわ。痛めまくってんじゃねーか」

 いつもの位置に座ったとたん、髪の毛を一房とってまじまじと眺められた。何度もブリーチを繰り返した髪は傷みまくっている。改めて見られるのもなんだか恥ずかしい。しかも荒れた髪だぜ。ばしっと先輩の手を払いのけ、いつも最初に頼んでいるものをオーダーした。
 
「しかもピアス穴えぐいしなあ。どこか繊細なんだか。それより俺の傷つきまくったガラスのハート慰めてよ」
「だれがガラスのハートだよ。防弾ガラスじゃねーのそれ」

 酒をあおった先輩の顔にはあまり普段は見せない疲労が浮かんでいた。恰好が完璧でも、その表情にはやっぱり疲れがでていて、それはそれで珍しい。この人の場合は疲れて弱っている時ほど、色気がムンムンと出ていたから、単純に疲れている様子はなかなか見れないのだ。
 
「そんなに疲れてんの?何、今忙しい?」
「忙しかったよ。そりゃあもう」
「後輩くんが問題児なんだっけ」

 仕事の不満や愚痴も滅多に漏らさない人間だったから、正直先輩をそこまで困らせる後輩というもの気になる。
 
「うーん、いや。あいつは仕事に関しては物凄くよくできるから。頭はいいし、なんなら顔もいいし、愛想もいいし。ただなんというか、こう、な。ちょっとちゃんと監視してないと何をやらかすか分からない怖い部分が…」
「でも仕事はできんだろ?」
「問題なのは人間性の面だよ。わきまえてるところがまた賢くて面倒くさい。仕事に関しては働いてくれるけど、たまになかなか陰湿な嫌がらせを仕組んだりする奴で。あーなんか浩二に似てるかもな」

 ふざけんな死ね。
 
「なんか部長が気に入らないらしくて、絶妙に犯人の分からないような偶然の事故みたいなことしてんだよ、あいつ。無駄に頭いいからな、じりじり部長を追い詰めてる」

 そのくせ周囲には愛想よくふるまってると。俺と正反対じゃねーか。俺にも少しくらい愛想がほしいわ。だいたいそんな中学生みたいな問題もあるのな。
 
「ふーんそう」
「興味なさそうだな」
「ねーよそんな女子みたいな話」
「社会は陰湿だからなぁ。学生なんて箱庭みたいな世界がうらやましいぜ、俺には。お前もいい加減働けよ」
「俺にはまだ二年の猶予があんの」

 あーあ。楽して金稼ぎてえ。とはいえ、学生でもなんでも多少の忙しさっていうのがないと、充実感は得られないんだろう。息抜きや気分転換が最高に楽しいのは、それが義務ではないからだ。
 友達もろくにいない、上京してきた最初の夏なんてだらけることが義務みたいになって地獄だったもんな。

 趣味を仕事に人生たのしんでますーとか吐き気がする。何楽して生きてんだコラ、その能力よこせや。お前が楽してんじゃねえ、俺に楽をさせろ。


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