ネオンの微熱


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「せっかくいい大学出てもったいないだろう。ちゃんと社会に還元しろ」
「頭なんてどうでもいいだろ。最終的には人間の話になんだから」
「別に、お前は恰好さえちゃんとしてればこれ以上ないくらいよくできる奴じゃねーか」

 本当にそんな風に思っているんだか。
 ちらりとカウンターの角を挟んで隣にいる先輩に目を向ける。伏し目でグラスをあおる先輩からは、揶揄うような空気は感じなかった。カラカラとグラスを振りゆっくりと口元へ運んでいく。その薄赤い唇は艶やかで、汗ばんだ肌を暗い店内の照明が照らしていた。
 
「褒めてる?」
「褒めてんだろ」
「…まあ俺は顔も普通だしね。社会にでたところであんたみたいに恋人の有無で誰かにしつこく捕まるようなこともないし。そりゃ生きやすいよな」

 ゲイだかなんだか、会社で公言していない先輩にもそれなりの噂はあるよう。なのに来るもの拒まずで、この人は女の子を拒否するわけでもないのだ。真偽は不明、しかも美形で仕事は出来て、おまけに優しい。誰がほっとくんだか。そりゃ迫られるよな。
 
「なんでそんな歪んだ考えになるんだ。…つか何、お前」

 入間さんの目がキッと細くなる。

 たまたまだ。たまたま見てしまっただけ。入間さんと女の子が夜にレストランから出てくるのを見たのは、先週別れてから割とすぐだったと思う。確か月曜日か火曜あたり。居酒屋のような店ではなくて、もっとちゃんとしたディナーを食べるような上流の店。

 慣れ慣れしく腕を絡まれて、酔って潤んだ目で見上げられて、胸を押し付けられて。俺だったら耐えらんないね。そのくせ丁寧に介抱までしてやって。ウザい。腹が立つ。女って本当嫌い。誰が悪いわけでもないのに、惨めになる。たかが男がないものふるってどうなるっていうんだ。そりゃこの人が好きなのは男だろうけど。
 
「お前、俺が女に手だすと思ってんのか?」
「あんたは無駄に優しすぎる。手は出さないにしても拒絶しない」
「会社で無駄に面倒ごと起こすわけにもいかないだろう」
「……」
「何拗ねてんの」

 グラスを置いて先輩が顔を覗き込むように見てくる。純粋な疑問がその顔には浮かんでいた。目を合わせないように視線を横流しにしてしまう。

面倒だよな。可愛くもないただのセックスパートナーに拗ねられても。なんなんだろう、今の俺たちの関係って。

「…そういえば、瀬津にだれか紹介してやってよ」

わざとらしいくらいの話の変え方に目の前の入間さんは顔をしかめた。今日はどこか機嫌がよくない。触れてほしくない話題に触れられたのはお互い様なんだから、このくらい強引な切り替えじゃないと元に戻せない。そのくらい許してほしいとこだけど。

「あいつ自分から何か行動起こすわけでもないし、そういう界隈に頻繁に顔だすわけでもないし、サイトに登録するわけでもないし、胡散臭いサークルに入るわけでもないし」

 つらつらと並べれば、一変して入間さんの顔が親身なものになる。相変わらず瀬津の力はすごい。瀬津と先輩は別に仲がいいわけでもないし、面識自体もあまりないはずだが、なぜか先輩は孫を可愛がるように瀬津に接している。そりゃ年にして6歳も離れているのだ。

 会うたびなぜか飴を差し出され、困惑した表情でそれを受け取る瀬津の顔がまた見ものだったりする。ちなみに瀬津が同性愛者であることは入間さんは知っている。


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