ネオンの微熱


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「この間まで付き合ってる人いなかったか?」
「いつの話してんのか知らねえけど、たぶんそいつとはとっくに別れてるよ」
「また浩二がろくでもないアドバイスでもしたんじゃねーの?」

 まったくすぐに俺のことを疑おうとしてくるのだこの人は。瀬津は確か二人と付き合った。どちらもわりとすぐに別れていたはずだが。高校生時代の危うい感じは今ではずいぶん垢抜けているが、今だに哀愁漂う雰囲気もある。そこが余計に放っておけないのか、あいつのことを気にかける男もまあいる。
そんな瀬津がまっさきに頼りにくるのは確かに俺なわけで、そこは認める。確かに認めるが、
 
「なんで俺なんだよ」
「せっちゃんやっぱりちょっと浩二に依存気味なところがあるだろう」
「…そうか?」
「なんて言ったんだよ」
「別に、どうせ付き合うもフるもあいつの自由だし。ただいつまでも昔の恋に縛られてるのもかわいそうだろ?頑張って忘れようとしてるみたいだったし、まぁ付き合ってみればって」

 入間さんがじっとりとした目で見てくる。俺間違ったようなことしたか?大事なのは経験だろう?

カウンターに腕をつき溜息を吐き出す先輩を俺はただそわそわと眺めていた。正直テキトーにではあるが、俺だってちゃんと瀬津のことは心配だし気にかけてるし、なんとかしてやりたいと思っている。それなりにテキトーにではあったが、最善だと思われることを言ってきたつもりだ。俺の意見だけに左右されるわけでもないし、あいつはちゃんと自分の考えだって持っている。
 
「体だけ喰ってきたようなお前の助言でもあてにしちゃうところがまぁ、せっちんの可愛いところだけどなぁ」
「結局俺が悪いのかよ。これに関しちゃマジでなんもしてねぇよ?まあ直接的にはだけど…全部瀬津が、あいつ自身がどう考えたかだろ」
「でもお前の見る目は信用できないし」
「ああ?」

 残念ながら全くだ。俺も俺の見る目を疑っている。ただそれはあくまで、俺が俺の相手を選ぶときの話だ。きらきらしすぎる人なんかは引け目を感じて受け付けないのだ。俺の汚い部分が拒絶する。こいつは綺麗すぎる、お前には無理だっていう感じに。
その点、瀬津が俺が選ぶようなクズと付き合おうなんて言い出したら俺は確実に全力で止める自信がある。

「浩二が軽々しく付き合ってみればなんて言っちゃったから、そいつ実はとんでもなくヤバイ奴だったんじゃねぇの?」
「俺のせいにすんなよ⁉何はともあれ、結局は瀬津の決めたことだろー?」
「でも浩二だからなぁ…」
「…なんなんだよ」

 どこか遠くをぼんやりと眺めながら俺の意見は一切無視というようにつぶやく入間さん。そんなに俺はこの人に信用されていないのか。

 結局どれだけ頑張ったとしても、この人は俺のクズ具合を一から見てきたわけだし、俺がこの手の話で信用を勝ち取るのはきっと一生無理なのだ。
 
「お前の男見る目に関しちゃあなー」

 何を理由に言っているのかなんて言われなくても分かっている。それを口にできないのも知っている。運が悪かっただけだっていうのに。たまたま平凡そうなリーマンがヤバイ奴だった。あれが異例なだけだろう。

 先輩の中ではあの時のことがタブーのように扱われているので、その件に触れられたことはほとんどない。俺は全くといっていいほど気にしていないのに。たまーに思い出すくらいだ。ああそういえば怖かったなって。入間さんとやってる時なんかに、これが普通なのかな、なんて思うときに頭をかすめる。そのくらいのもんだ。

別に俺の自業自得な話で、女でもないんだし問題になるような話とも言えない。ヤバイ奴ってのは一定の割合でいるもんで、たまたま俺の引きが悪かった、それだけだ。
 
「でも俺は悪くない。だいたい相談はされたけど、紹介されたわけでもないんだぜ?それこそなんだよ、彼氏を親に紹介する女みたいでキモイだろ」

 だんだん酒を飲むスピードが速くなっているのが自分でもわかった。普段この店に来た時にはあまり長く居座っているわけでもない。すでに普段の倍の量のアルコールを入れている。入間さんは入間さんで、俺が来る前にすでに一杯飲んでいたし、仕事の疲れも限界だったのだろう、居酒屋にでも来たように飲んでいる。まったく酒を嗜んでいるような感じではない。せっかくいいバーに来てるというのに勿体ない。
 
「もう一杯!」
「俺も同じものを!」

 かしこまりました、と苦笑気味にバーテンダーが後ろに下がる。

入間さんは揺れる瞳を絞り、俺を睨みつけていた。俺よりもずっと背の高いこの人は座っても座高が俺を上回る。
脚が短いのかねえ、あん?
下から掬い上げるようにガンを飛ばす俺の目つきの悪さも、またひどいものだろう。目つきの悪さには自信がある。

「お前がそんなに言うなら本人にでも確認をとるか」
「おお、いいぜ。言っとくけど、まっじで俺が介入したわけじゃねーかんな?俺に対しちゃ信頼の欠片もねえな、この頭の固いクソ眼鏡がよぉ」
「…言ったな?」
「あ?なんか賭けるか?」
「じゃあ、このピアスでも賭けるか」

左耳のインダストリアルに指をかけられる。反射的に顎を小さく引いてしまった。入間さんを窺うと、にやにやと笑っているが、その目はマジだ。

ヤベェ…俺の左耳が引きちぎられる…この人マジでやるつもりだ!

スマホを取り出し、よく使う連絡先で一番上にいる瀬津の番号をタップする。その様を入間さんはただ、ウイスキーをあおりながら余裕の表情で見ていた。顔は赤く、すでにだいぶ酔っているのだろう。

数回の呼び出し音の後に不愛想な瀬津が出る。11時も回っているし、もう寝ていたのかもしれない。そんな瀬津に今日の俺は罪悪感を感じることもなく(そもそも昼間に散々遊びにつきあわされている)ただ捲し立てるように電話越しに怒鳴った。

「ああ?瀬津⁉オメー今すぐ来い‼……はぁ?場所?んなもん聞かなくても分かんだろうが!……ああ?知らねーよ、俺が来いっつってんだ、うるせー今すぐ家を出ろ!」

聞き耳を立てるように入間さんがスマホに耳を近づけて、にやにやと楽しそうに笑っている。電話越しの瀬津はいまだに気乗りしないようで気だるげだ。いっつも俺がお前のダル絡みに付き合ってやってるっていうのに、どこまでも生意気な奴だ。

「いいか?30分以内に来なかったら、お前もう、もう…ゲーム相手してやんないからな!」


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