2話 慣れても馴れるな


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「やぁ今日も輝いてるねぇ久世谷くん」
「暇なんですか、先輩」

 昼休みの図書館で本を読んでいた時、急に背中に重みを感じて振り返ると、藤崎先輩が背後から抱きついてきている。道理で背中に当たる胸の感触が異様に固いわけだ。
 
「先輩ってやっぱ鍛えてるんですか?」
「まあ部活でね。でも今年になってちょっと落ちたなー」
「これで!?」

 先輩の場合はもとが小柄すぎるのだ。制服のシャツですら目に見えて余裕がある。骨と皮しかないんじゃないかっていうくらい細いのに、実際には骨と無駄のない筋肉だけで、ないものは脂肪だった。俺には有り余っている肉がまるでない。

 それに比べて同じ陸上部の瀬戸はもとの体格が筋肉質だから、制服の上からでも引き締まっているのが分かる。というかあいつは筋肉で全体的にもりっとしている。

 なんて思うが、ぶっちゃけ瀬戸の体は着替えや水泳で見ていても、先輩の体なんて見たことがないのだから、実際のところどうなのかは知らないが。

「気になる?」

 にやりと笑った先輩が俺の手を取っておもむろに自分の腹に当てた。

「うわ」

 手のひらにあたる、割れた腹筋の感触にドキリとする。
 
 右手を掴まれ、先輩の腹筋に触れる俺は、ふいに気になって左手を自分の腹に当ててみた。

 思った通りの脂肪の感触である。同じ男としては悲しくなってくる次第だ。毎日HRが終わるが否や、駅に向かう帰宅部ガチ勢の俺には縁のない筋肉。鍛えようかな、なんて牛丼を思い浮かべながら思った俺にはきっと筋トレは向いてない。

 触ってみても、先輩は筋肉がついていようが、横幅も厚さも小柄だった。少し気になって、当てられていただけの右手を動かしてみる。俺の手を持つ先輩の手に力は入っていなかった。

 ゆっくりと確認するように先輩の腹を撫でる。へそのくぼみをゆるりと撫で、軽く押してみる。

「……っ」

 固い感触が指先にかえってきた。

 そのまま手を上に伝わせていっても、当たる感触は固いままだ。手のひらを広げてみれば、先輩の体など両手があれば余裕で掴めそうなことに気づく。

 そう思ったら、膝の上に垂れていた左手も、先輩の体に伸びていた。

「っあ…」

 一瞬掴んだ腰がぴくりと震え、こもった小さな声が降ってきて、思わず上を見上げた。先輩が薄い唇を微かに開いて、俺を見下ろしている。

 顔を赤くしたのは俺のほうだった。

 そんな俺を見て、先輩が煽るように笑う。
 
「離すなよ」

 囁くような掠れた声で、もっと、と先輩が口を動かす。口元に浮かぶのは挑発するような笑みだった。

 先輩に体を向けて座っていた俺の膝の上に、先輩がまたがるようにして乗った。あ、と思った時には遅かった。すぐに温かい温度に口を塞がれる。

 なんとなくそんな気はしていた。分かって待っていた。

 いつも遊ばれるように蹂躙されるキスを、今日こそは、という思いで自分から舌を絡めに行く。いつもよりノリのよい俺に、それはヒートアップするばかりだった。

 無心で舌を絡め、先輩の体をまさぐった。制服越しでも伝わる熱に、直接触れたらどんなに熱いのだろう、と想像する。

 頭に浮かんだのは気持ちいい、という確かな快感。

 絡まる舌の感触が、手に触れる制服越しの熱い肌が、至近距離で吐き出される荒い息が、全てが気持ちよかった。

 なんだ、やっぱり愛なんてなくてもいいじゃないか。感情なんてなくたって。

 息継ぎに離れた数センチの距離の先輩に、にやりと笑いかけると、同じように不敵に笑う先輩がいた。

 お互いが挑発するように笑うと、どちらからともなく唇が重なる。もはやどっちが先に根を上げるかの戦いだった。

 いつも一方的にしてやられる俺としては、一度くらいは何としても先輩にタンマをかけさせたい。

 見よう見まねで、いつもされるように舌を絡める。気づかないうちに先輩の腰をぐっと引き寄せていた。

 スラックスの下から主張するお互いのモノがぶつかる独特の感触を感じる。小刻みに震えている先輩の顔を薄目を開いて窺うと、眉をひそめて必死に舌を追っているのが分かった。腰が揺れそうになるのを堪えているのか、まぶたさえも震えていた。

 そんな先輩を見て口角が上がりそうになるのが分かる。
 常にやられっぱなしの俺についに主導権が回ってきたみたいだ。

 さらに先輩の腰を引き寄せ、当たっていたすでに勃ち上がっているモノを擦るようにして腰を動かす。

「うっ」

 小さく呻いた先輩がぱっと唇を離し、口の端から垂れた唾液を手の甲で拭った。
 目が合った瞬間、口元をぬぐいながら目を逸らした先輩の反応に我に返る。

……俺たちは、いったい何を…?

 ベルトも緩めずにいる苦しさを感じるほど、ちんこ勃たせていったい何を?
 男同士でいったい何を?

 …ちょっと待て。俺たちの間でキスだなんてとっくに普通のことになってたけど、ひょっとしてアレっておかしなことだった?

「……あ、の…先輩」

 いつもならすぐにつかみどころのない笑顔を浮かべてヘラヘラと笑うはずの先輩は、今日に限って目を逸らしたまま顔を上げなかった。

 反射的に謝ろうと息を吸ったそのとき、チャイムの音が痛い空気を破っていく。
 さっと立ち上がった先輩が俺を見下ろすと、目を糸のように細めて笑った。いつもの表情の読めない笑顔だった。

 ポカンと口を開く俺の唇を親指でなでると、先輩は首を傾げる。

「ちゃんと女の子で想像した?」

 そんなことを言われた俺はやっと思い出したのだ。これは俺の女嫌いを克服するためであり、先輩はいつも「俺が女の子だと思ってやれ」と言っていた。

「え、え…いや…えっと」
「残念、女にちんこはついてませーん。じゃ、おつー。それどうにかしてけよ、俺は面倒みれないから」

 最後にちゃっかり、萎えかけてはいるもののくっきりスラックスにシルエットがついたままのちんこを指さし、にやりと笑って先輩が駆け足で去って行く。

 本鈴が鳴ってもなお動けなかった俺は、そのまま誰もいない図書室の机に突っ伏し、悶々としたまま寝落ちした挙句、5時間目の授業をブッチした。

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