2話 慣れても馴れるな


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「久世谷、お前どこ行ってたんだよ」

 6時間目が始まる前に教室へ戻ると、休み時間で騒がしかったにも関わらずクラス全員の視線が刺さった。

 自分の席に着くと、待ってましたとばかりに後ろの瀬戸が聞く。

 寝ぼけた頭の中ではやっぱり先輩の顔がちらついたままだった。微かな水音が響き、カーテンの隙間から日の光が射し込む、どこか異様なあの空気。頬を赤くして扇情的に笑ってみせる先輩。

「図書室で昼寝してたら授業終わってた」
「何してんだよ」

 日焼けした顔を崩してゲラゲラ笑う瀬戸を見ていれば、同じ学校での出来事には思えなかった。

「たまにふらっといなくなるからどこ行ってんのかと思ってたけど、図書室いたの?」
「いつもじゃないけど」

 あまり言いすぎると、俺の穴場がなくなってしまう。あくびをかみ殺しながら、なんてことないように言った。

「瀬戸、今日部活ある?」
「あるよ」
「あ、そう。頑張ってな」
「え、なに怖いんだけど、突然のデレ期?」

 身を乗り出して、驚愕の表情で瀬戸が俺を覗き込んでくる。そのむさくるしい男の顔から顔を逸らすように前を向いた。

 先輩はたぶん今日、放課後は来ない。

「おい久世谷ー」

 …それにしても、先輩いい体してたよな。

 上の空で藤崎先輩のことを考えれば、無心で貪ったキスを思い出し、体が熱くなる。いままでこんなことなかったのに。

 そんなことを言えば、回し飲みですら苦手な俺だ。女だろうが、男だろうが、キスなんてしたいと思ったことはほとんどない。いままで先輩にあたかも軽いボディタッチのように舌まで入れられてキスされても、嫌悪感こそ感じなかったものの、それに対して俺が感じることなんてなかったのに。

 先輩は女だと思え、というが、正直女とキスをするなんて考えられなかった。むしろそれを考えると、背筋に鳥肌が立つ。

 重症だな、と思う。

 それと同時に、気持ちいいならよかったじゃないか、なんて呑気に思っている。その相手が男であることを差し置いて、だ。

 なんてことない、些細な戯れだ。おまけに気持ちいいなんて、都合がよくていいじゃんか。

 そう思って、考えようとする頭に蓋をする。

 授業が右から左に流れていくようで、何も頭に入らないままHRの時間になった。

 担任がHRを始めるまでのちょっとした時間に、後を向くと瀬戸が座ったままシャツを脱ぎ部活着に着替え始めていた。Yシャツの下に着たTシャツ姿になると、今度はそのYシャツを畳むことなく乱暴に鞄につっこみ、代わりに鞄から焼きそばパンを取り出しもさもさと食べ始める。

 その間に片手でベルトを緩めてズボンのチャックをおろし、半ケツになっていた。誰が見ていようが関係なく、女子もいるのに教室で堂々と着替え始める瀬戸はまったくもって気にした顔ではない。そりゃ下に全て着ているのだから気にもしないだろうが。

「見慣れてたから気づかなかったけど、瀬戸が教室で堂々と着替えるのってよく考えると、なんか…アレだよな」
「アレってなんだよ。別に全部下着てるし、誰も何も思わなくない?」
「お前その調子で電車の中でも着替え始めそうだわ」
「流石に電車でズボンは脱がねぇよ」

 口から出かけた焼きそばを押さえながら忙しなく口を動かす。制服を脱いでしまえば、よく日焼けした肌がより見えた。

「そういや陸部って3年生引退いつ?」
「あーだいたいの人は次の記録会。来月くらいかな」
「へー」

 もぐもぐと口を動かしながら瀬戸が前の教壇を指さした。何かと前を振り向くと、担任が俺を睨んでいる。肩をすくめて体を前に戻した。

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