3話 超えて堕ちて、後で結べ


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 唯一ある窓さえロッカーに隠され、昼間の男子更衣室は薄暗かった。運動部はみんな部室で着替えをしているから、午後に体育の授業がない日は誰もいない。

 そんな静かで埃臭い部屋には密かな水音が響いていた。

「……はっ」
「んん……」

 ぴちゃぴちゃと舌をもてあそぶ音が耳に入り、薄目を開けば同じように目をつむった先輩が眉間にしわを寄せてキスに夢中になっている。腰に回した手をさらにきつく締め引き寄せると、微かに勃起したモノが当たった。

 思わずにやりと笑って先輩を見下ろすと、目を開けた先輩も口の端を上げにたりと笑った。

 キスを再開しようと、どちらからともなく顔を近づけたその時だ。

「ちーっす久世谷ー………え、」

 立てつけの悪い引き戸をガラッと盛大に開けたのは、俺より数センチ背が高く、手足のひょろ長いよく日焼けした男だった。引っかけてきたようなテキトーな制服の着方と、体を流れる汗から今の今まで運動していたことが伺えた。

「お?久々じゃん珍し。今日は練習いいのか、大和」
「……い、いいやいやいやいや、え、えっと、あの…し、失礼しました!!」

 目を丸くした大和が顔を真っ赤にして、けたましくドアを閉める。

 緩んだ腕から抜け出した先輩がびっくりしたように、大和と同じく目を丸くしていた。

「久世谷くんってなんか肝が据わってるのか鈍感なのかたまに分からないよね…さっきの子って美化委員の?」
「あ、はい。俺とペア組んでる…」
「そっかぁ…ま、本来仕事中だもんね。邪魔したね、じゃ俺は行くからー」

 するりと俺から離れると、目を糸のようにして笑って先輩が更衣室を出ていく。しばらくしておっかなびっくりに入ってきたのは大和だった。

「あ、あのー…」
「よかった。しばらくサボってたから埃とかすげぇんだよ。そろそろちゃんと掃除しないとと思ってたから助かったぜ」
「あ…そすか…」

 ほうきを渡せば、変な顔をしながらもちゃんと掃除をしてくれる大和。さっきよりも制服をちゃんと着ていた。

 …いや、にしてもビビった!

 まさか大和が、万年俺に仕事を押し付け委員会の仕事に来ない大和が、よりにもよってあのタイミングで入ってくるとは。何かの嫌がらせか?それにしてもビビった先輩の顔おもしろかったなぁ。

 ちらりと大和に視線を向ければ、挙動が怪しい。
 まあ、衝撃だったのはこいつも同じか。

「な、なぁ…久世谷」
「ん?」

 引きつった顔で大和がほうきを握ってこっちを見ている。目を合わせて首を傾げれば、大和の顔がより一層引きつった。

「お前ってその…ホモだったの…?」
「は?ちげぇよ」
「あっは、だよなぁ〜いつも女子の告白無表情で断わるのも、付き合っても秒で別れるのも…それ男が好きだからじゃねぇよなぁ〜ははっ」
「当たり前だろ」
「うんうん…え、さっきの誰!?何?なんでキスしてたの!?」
「あ〜」

 え、何。俺なんで先輩とキスしてたの?こわ!

 唇に手を当てて、先輩の柔らかい唇を思い出す。…駄目だ。分からん。

 黙った俺に、気づけば大和がそろそろと寄ってきていた。

 俺よりも背は高いのに、ほうきの柄に顎を乗せるような形で覗き込んでくる。差し込んだ陽射しに顔が少し照らされていた。

 しばらく会わなかった間に、空いたピアス穴は塞がりかけ、傷んだ髪は黒染めがとうに落ち、ずいぶん明るくなっていた。さっきは引きずるように着ていた制服も、今はシャツのボタンは閉められているしちゃんとズボンに入れられている。ゆるゆるではあるがネクタイも閉めている。指導に厳しい強化部活の規則に、相変わらず不真面目な外見のわりにちゃんと従っているようだった。

 そんな大和を見て肩をすくめる。

「いやーなんでだろうな」
「え、ええ…」

 ズッコケそうになった大和が、今度は視線をさまよわせ頬を掻きながら言った。

「あの、じゃあさ…俺にも、アレやってみてくんない…?」
「はぁ?なんで」

 それはつまり、大和にキスしろということだろうか。

「いやだって!…気持ちよさそうだったし…お前と、先輩…。あと久世谷エロイ顔してたし」
「なんで男とキスしたいんだよ。お前大丈夫か?早まってない?女とやれよ。そのほうが普通に気持ちいいだろ、視覚的にも精神的にも」
「お前、やってることと言ってること矛盾してね?…え、もしかしてあの人のこと好きなの!?」

 いや、まぁ確かに気持ちはいいんだけれども。

 ヘラヘラ〜と笑う先輩の顔が頭に浮かぶ。いつもはあんなんで何考えてるか分かんないけど、キスしたら勃つし、擦ればよさそうな顔するし、出したらぐったりする。キスなんてもう数えるのも面倒なくらいやってるし、抜き合いだって何回かしてるし。いや、でも、なぁ。

「いや別に好きじゃねーよ」
「なんだよ〜じゃ、減るもんじゃねーじゃんー」

 そうだ、考えろ、想像してみろ。先輩を大和に変換させて…いや、ないな。無理だ。

「やだ。部活の男と抜き合いでもしてくれば?」
「は、はぁあ!?ソフテニそんな卑猥のことする部活じゃねーしっ!」

 急に顔を真っ赤にして怒鳴り始めた大和の鬱陶しさに、ほうきでケツを叩いてやったら大和のケツが埃まみれになった。

「つか、お前昼練は?」
「んー?週末の大会出る奴にコート譲ってきたー。俺今回は予選落ちしてるし」
「あ、そう」
「なんだよ聞いといて。あ〜いいなぁ〜俺もキスの一つや二つしてぇよ〜彼女の一人や二人ほしい〜」
「作ればいいだろ」
「そんな暇ねぇんだよ!!」

 目をむき出して噛みついてくる様子に、こりゃよっぽど参ってるんだなと思う。大和なんてちょっとアホなお人よしなだけで、彼女なんて作ろうと思えば出来そうなのに。
彼女がいたら、そりゃキスだろうかセックスだろうがやり放題…

 ふと何かが頭に引っかかる。

 彼女もいなけりゃ、女自体がそもそも無理。その俺が今飢えてない。

 日常茶飯事のキスに男同士での抜き合い。これでもし一線超えでもしたら…いや、ちょっと待て。男同士でセックスなんてできるのか?

「久世谷ー?俺ゴミ出し行くよ。いつもやらせてるし、先帰っていいよ」
「あ、ああうん。ありがとう…あ、お前ケツ埃だらけだよ」
「それ絶対お前のせいだろっ!」

 大和からはケツバットもびっくりの一撃をほうきで食らった。さすが全国大会出場経験のあるテニス部…。ケツが痛い。

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