3話 超えて堕ちて、後で結べ


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 あんなに毎日毎日、どこからともなく現れていた先輩がここ数日姿を見せない。正直俺は未だにあの人のクラスさえ知らないのだ。話題に出したり俺が聞かなかったのが悪いが、こっちはまったく情報を知らないのに先輩にはクラスどころか出席番号さえ知られているのが気に喰わない。

 やっぱりアレが原因か?

 複雑な溜息をつくが、正直あれって俺が襲われたも同然じゃないか?だって先輩ノリノリだったじゃん。しかも事前に言ってくれたらどうのこうの言っておきながら、最終的に自分からヤりにきてたじゃん。そのくせげっすい笑顔でいいもん見せてもらった、とかなんとか言ってたくせに。

 それにしても凄まじかった。あの熱くて狭い、うごめくような中に締め付けられる感覚。

「あれ、久世谷が昼に教室いんのも珍しいな」
「…そうか?」

 どことなくセンチメンタルな気分でこの間の大変エッチなことを思い出していたら、後から声が掛かる。瀬戸だ。

 うわー俺こいつの先輩とセックスしたんだよなぁ…。

「あ、そういえば藤崎先輩どうしてるか知らない?」
「ああ?部活来てないの?」
「うん」

 家でシコってんじゃね?

 なんて思わず口から飛び出そうになった言葉を飲み込む。あの人もしかして学校にも来てないのか?

「サボりなの?」
「うーん、授業には出てるらしいよ。お前最近仲いいみたいだし、なんか知らないかなと思ったんだけど」
「知らねーよ。最近会ってないし」

 キレ気味に言えば、瀬戸がポカンとした顔をしている。何に対して俺怒ってんだ?さては欲求不満か?

 …やだなぁ、男って汗臭さぁ。

「久世谷もかー…あの人逃げ足速いし捕まんねーんだわ。見つけたらよろしく。たぶん久世谷がおいでおいですれば即行で捕まるから」
「うい」

 イケメンほいほいじゃねぇか。ちょろいな先輩。

 エロかったなぁこの前の先輩。もう一回くらい見せてくんないかなぁ…。

 心ここにあらずな感じが続いている。ぼーっとしていたら授業も終わっていて、昨日も気づいたら一日が終わっていた。

 放課後、先輩に約束を取り付けられることもなかったから、今日は久々に以前のようにHRが終わるや否や教室を後にした。

 ぼんやりと下駄箱から所々が擦り切れてへたったローファーを出していれば、奥の三年生の下駄箱に見慣れた後ろ姿が目に付いた。

 あのやけに細くて、隙だらけのうなじを見せて髪の毛がふわふわしている輩は見間違うことなく藤崎千紘。

 先輩3‐Eだったんだ、なんてたった今知った個人情報を呑気に思う。ぼぉっとその後ろ姿を見つめていれば、ふいに先輩がこちらを振り返った。

 なんでだよ。なんで気が付くんだよ。

「あー!久世谷くんだぁ!くーせたーにくーん!」
「どぅ…っふ…は、はや…何この反射神経…」

 顔を輝かせたと思ったら、光の速さで突進してきた先輩からのタックルをもろに食らい、一瞬息が詰まった。小学生の頃逆上がりに失敗して鉄棒にみぞおち打ち付けた時並みの衝撃を俺は受けたぞ。

「やあやあ、なんか久しぶりだね!」
「…そっすね…先輩部活は?」
「あー、今日は調子が優れないから休む」

 お腹をさすりながら眉を下げて笑った先輩をみて少し不安になる。あの時先輩は何も臆せず俺のモノを突っ込んでたけど、やっぱりそれってかなり体に負担がかかるんじゃないのか…?

「あのー…この間の…」
「あ、そうそうソレよ!いやー俺も何の準備もせずにいたから、下品な話万が一出ちゃったらどーしよーとかすっげぇ不安だったんだよね。ははっ」

 何一つ不安などないように先輩が快活に笑う。声がでかい。

「んでしかも、ろくにほぐさずに突っ込んだしゴムもつけてなかったし」

 だから声がでかい。

「先輩、声!声でかいんだよ」
「ん?あー」
 
 言えばぐっと俺の腕を掴んで口元に耳を寄せた。笑った先輩の息が耳にかかる。背筋が一瞬粟だった。

「ナマで出したから俺もちょっと腹下しちゃって。そんでしばらくお腹ぎゅるぎゅるだったから部活はパスしてたの」
「腹下してた?」

 にっこにこで、顔全体で幸せを表現してます、みたいな顔して先輩が言う。

 やっぱ俺のせいで体壊してんじゃん。

「あの、本当にすんませんでした…おれ」
「ええーいいのいいの。推しがナマで出してくれるとか、それなんのご褒美って…あっ」
「わかりやすくあっとか言うなよ。バレバレなんだよ変態」

 心配して損した…とまではいかないが、先輩は相変わらずだったから少し安心したのは事実だ。体は大事だ。俺は別に帰宅部だけど、先輩はまだ引退戦を控えているのだ。よく知らないけど。

 昇降口を出て駅の方面へ歩きだしても先輩はずっとケラケラ笑っている。

「でも気持ちよかった?」
「………まぁ」
「あはっじゃあシたい時には事前に言ってネ。俺ちゃんっと張りきってくるから。あ、ゴムはいいよ」
「ゴムなしでやろうもんなら張り倒す」
「え、それはそれでイキそう…」

 ドМか。

 楽しそうに笑うもんだから、聞きたいこともろくに聞けない。

 例えば、初めてじゃないのか、とか、体の負担は実際どうなのか、とか。

 何かもやもやするものが心に残る。それがなんなのか知ったこっちゃないけれど。

「あ、でも連絡先は必要だね」

 思いついたように先輩が言う。俺にとったら先輩はどこからともなく表れるストーカーのような存在だったから、連絡先を交換しようなんて思ったことがなかった。が、今思えば先輩が最初に俺の連絡先を手に入れようとしなかったことを不思議に思う。

「久世谷くん連絡先交換しようよ」
「はぁ…まあいいっすけど」
「俺のこれね」

 表示された画面の背景には息も止まるようなグラマラスな美人。吸いつけられるように見入っていると、気づいた先輩があ、と言う。

「これ、俺の母親」
「どっ……美人じゃないですか!!マジですか!?」
「うん。いいよね、この顔ー。でも俺も姉ちゃんも父親似なんだよねー。女だったら俺もこんな顔が好き。男だったらアイドルみたいなカッコいいじゃなくて、久世谷くんみたいな美丈夫が好き」

 勝てねぇ…この人の母親には勝てる気がしねぇ…。

 DNAなんてくそくらえだ。ごく平凡な顔立ちの両親と、派手な顔した兄貴がもわっと頭に浮かんでは消えた。

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