4話 シークレットダーリン


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 「俺が男で良かったよねー」

 フェンスにもたれかかって先輩が伸びをしながらそう言った。その声は大分間延びしたもので、少しだけ安心した。
 
「盛ってる久世谷くん、すっげぇ雄だったわぁ。ああ〜ハメ撮りしてぇ…」

 いや、通常運転じゃん。分かりにく!この人分かりにく!
 しかしまぁ、思い返せば先輩が何考えてるのか分からないなんて、いつものことだ。
 
「うーんでもなぁ…余裕ない俺の声とか映んのはやだなぁ。自分の声とかチョー恥ずかしいどころか萎えるわぁ」
「俺やっぱり先輩のことわかんないわ」
「やーん。何回もシてるのに?ハニーって呼んでくれてもいいんダゾ」
「はいはい。今日もかわいかったよハニー」
「なんだよ投げやり〜。もうっ私のことなんてどうでもいいのね!もうダーリンなんて呼んであげない!」

 裏声で言った挙句、「プンプン」なんて効果音までつけて先輩が言う。何やってんだろ俺たち。
 
「はぁ〜…そういや先輩って勉強とかちゃんとしてるんですか?」
「それ今聞くのかよ…まぁ…ぼちぼち…?」
「でも引退もまだなんでしょ?」
「うん…ぶっちゃけ俺の実績あればスポ薦とか普通にとれちゃうんだけど…別に大学でまでガチで走りたいわけでもないし」

 コツンと俺の肩に頭を預けて先輩がぼんやりと言った。こういった自分の話を先輩がするのは珍しい。俺たち日頃、ほんとに不純なことしかしてねぇのな…。

「や〜悲しいなぁ…来年からはもう久世谷くんいない生活かぁ…俺の目の保養が…クッソやっぱ一回くらいハメ撮りしとくか?」

 先輩は俺と会うのは同じ学校にいる今だけにするつもりなのだろうか。しかもマジで目当ては俺の顔だけじゃん。体だけじゃん。

 ずきん、とどこかが痛んだ。ちんこではない。さすがに年中盛っている元気な下半身も、今は鎮静している。
 
「けっこう高校楽しかったかも」
「よかったじゃないですか」
「うん。男も女も推しができて幸せな生活だった…」
「は!?女!?」

 思わず大きな声を出せば先輩がびっくりして、俺の肩から頭を離した。
 こんなに男の俺に抱かれといて、女?女の推し?
 
「誰だよ!」
「え、そんなに気になる?………えっと、金子先生…」

 頬を引きつらせた先輩が若干俺の剣幕に引きながら、ポソっと言った。

 金子先生…金子先生…誰だ?先生にそんな人いたっけ…?

 俺の何も思い当たらない顔を見た先輩が首を傾げた。
 
「授業受けてないかなぁ。古文の先生なんだけど」
「あ!もしかしてあの若作りで唇厚い、口紅ザクロみたいな人?」
「うーん、いろいろ突っ込みたいけど…てか君どこで人を見分けてるの。俺の顔ちゃんと覚えてる?」
「当たり前じゃないですか」

 いろんな顔を知っている。俺だけが知ってる顔もあればいいなと思う。普段はつかみどころのない笑顔ばっか浮かべているからよくわからないけれど。もっといろんな顔を見たいとも思う。
 
「へぇ…ああいう顔好きなんだ」
「人妻ってのが最高にポイント高いよね。左手薬指の背徳感よ」
「うっわ、またそういう変態的な見方する」

 まぁ確かに先輩の好きそうなエロい感じはあるかもしれない。なんというか、強調してくれそうな感じといえばいいのか。俺の知るかぎり、先輩の好みの女とはえっちで色っぽいお姉さんみたいな感じだ。
 
「えぇー…先輩もそういう人抱きたいとか思うの?」
「思うねー。なんなら手取り足取りレクチャーしてほしいよねー」

 けらけらと肩を震わせて笑いながら先輩が言った。
そうだよな。この人も男なんだもんな。そりゃ好みの女を抱きたいと思うのが普通なんだろう。俺なんか当の先輩には、オナホでいいだろなんて言われた身だ。

「…じゃあ俺のことは抱きたいとか、思わないの?」
「っ!」

 男に抱かれてアンアン言ってるのだから、別に嫌悪感があるわけではないんだろう。抱かれることが平気なら抱きたいとは思わないんだろうか。それとも先輩にとって俺はそういう対象じゃない?ま、別にいいけど。

 固まった先輩が口をぽっかり開いて、こぼれそうなほど目を見開いて俺を見上げている。すんげぇアホ面。瀕死の魚のようにはくはくと口を震わせたと思ったら、先輩が急に俺の肩をがしっと掴んだ。

「だっだだっ、抱きたいよっ!?」
「まじか」

 抱きたいんだ。

「なら別に下にばっかなることないのに」
「何を言ってるの!?」

 うわ、唾が飛ぶ。俺に掴みかかって大声を上げる先輩の、初めて見る類いの興奮状態にちょっと引く。

「確かに見たいんだけどさ!久世谷がアヘアヘしちゃうとことか苦しそうにしてるとことか、トロ顔で我を忘れて喘いじゃうとことか、情けない顔で泣いちゃうとことか何回もメスイキしちゃうとことか」
「怖いわ!どこまで想像してんだよ!」

 興奮で顔を赤くして、フーッフーッと荒い鼻息を吐く先輩に、前言撤回したい気分。なんだこの変態。

「え、嘘なの!?嘘なの!?そんな!ひどいよ久世谷くん!!」
「先輩、暑苦しい。離れて」

 べったりとひっついてくる先輩をひっぺがせば、「ぐへ、ぐへへへ」と気味の悪い笑いをあげていた。好きだなぁ、この人。

 俺の顔が。
 
「帰ります?先輩」
「んー?まぁだ」

 にこっと先輩が機嫌の良さそうな笑顔を向けたとき、ピコンとどこからか通知音が聞こえた。ピコンポコンと続いてバイブの振動音が聞こえる。
 
「先輩、スマホ…」

 鳴ってますよ、と言おうと思った言葉が出てこない。一瞬笑顔のまま固まった先輩の顔が微妙にひきつるのがわかった。
 この顔…昼と一緒だ。
 
「あー…うん。俺のスマホか…」

 心なしか固い表情でスマホを開いた先輩の顔が強張った気がした。珍しいそんな先輩の表情にハッとする。珍しいなんていっても、俺が気づいていなかっただけで、もうずっと前からこんな表情をしていたのかもしれないけれど。

 笑ってたほうがいいよ、あんた。

 なぜたが胸がきゅっと痛くなった。

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