5話 迷妄モラトリアム


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「あっは、なぁに。ショック?」
「……ちょっと」

 なにがちょっとだ。だいぶ、だよ。
 そんな俺を見て先輩がクスリと笑った。

「所詮、承認欲求に飢えてる人間だからさ、自分が必要とされてるとか認めてくれる人がいるって思うと、どうしても嫌って言えなかった」
「でも…あんた部活で何回も表彰台乗ってんじゃん」
「実績と人格は別物だよ〜。俺が出した結果が認められたわけで、その結果さえあれば、その数字さえ出せれば、あとは俺じゃなくてもいいんだから。別に誰が悪いってわけじゃない。ただお互いが都合のいい存在を手放せなくなってただけ」

 でも俺には、先輩は先輩だから、先輩だけ。

 わけのわからない感情が湧いてくる。言葉にしようがないそれを伝える手段なんてなくて、ただもどかしく黙っていることしかできない。

「…まあとにかく、俺にとってセックスなんてただの作業だったんだよ。ボランティアだったの。しかもあれ以降、正直人のこと好きになれなくなっちゃって。久世谷くんのことだって、ほんとはただの下心で近づいただけだし。すっげぇ好みのイケメンがいて、おまけに鈍感でガード薄くて。試しに引っかけてみたらまんまとはまるし。眼福最高くらいにしか最初は思ってなかったし。美形とヤれてラッキー程度にしか思ってなかった。久世谷くんはクズじゃないよ。最低なクズは俺」

 ふと先輩の顔から表情が消えた。一度ゆっくりと瞬きをして、伏し目がちに床を追って、その視線は俺の足元で止まった。

「でも、久世谷くん優しいんだもん。しかも名前で呼んでくれるし…。好きでもない男の体労わって馬鹿なの?とか思ってたんだけどさ。なのに…」

 先輩がぱちぱちと瞬きを繰り返す。だんだんその大きな目が潤んできているのが見えた。
 小さく震える先輩は心臓に悪い。不安と庇護欲に似たなんとも言えない感情で動悸がする。

「久世谷くんとのセックスは…作業じゃなかった……おれ、びっくりして…それで、あんとき」
先輩の大きな目から大粒の涙が落ちていった。ぐっと喉を詰まらせた先輩が唇を噛みしめる。
「それで、あんとき…逃げちゃって……」
「え、」

 なんだそれ。

 予想外の答えに緊張で強張っていた体から妙に力が抜けた。

 先輩びっくりして逃げちゃったの?
 俺のこと嫌になったとかじゃなくって…?
 俺とのセックスは作業じゃなかったって?

 じわじわと沸いてきたのは言い様のない高揚感。

「ほんと、本当ごめん…。謝るのは久世谷くんじゃなくて、俺なんだよ。俺、自分にされたことと同じこと久世谷くんにしてたんだから。こないだ、なんかすっごい恋人同士かよ、ってくらい優しくされて…もうむずがゆくて罪悪感とかもすごくて。途中でやめにしとけばよかったって、すっごい後悔して…」
「あ、あの俺は先輩のこと…」
「俺けっこう久世谷くんと一緒にいるの好きだからさ」

 目元を薄赤くしながら、先輩が力の抜けた笑顔で俺を見上げた。心臓が大きく音を立てる。金縛りにあったみたいに動けなかった。

「だから…こんな関係になるように誘導して焚きつけたの、今さら後悔して…」
「俺、好きだから!」

 先輩の揺れるまつげを見ていたら我慢できなくて、思わず口走っていた。
 俯いた先輩がゆっくりと顔を上げる。大きな目は膜が張ったように潤んでいた。

「俺、先輩のこと好きだから。…えっと、あの、すごく好きだから。…う、よくわかんないんだけど、ただ…いつもみたいに、それこそ作業みたいにするんじゃなくて、ちゃんと先輩のことよくしたいって思って…それで、優しく…」

ちらりと先輩を確認すると、ぽかんと俺を見上げている。うまく先輩の顔が見れなかった。

「その…優しくしようって思って…」
「………え、なにそれ…かわいい」
「だから、あの!……」
「はい…」
「好き……です」

 ちらり、と先輩を見やると、目を見開いて俺を見上げている。恥ずかしくて見れたもんじゃない。どくどくと緊張で心臓が速くなっていく。

「……ど、どうしよう…」
「…え?」

 先輩の顔が徐々に赤くなっていった。その顔を震える手で覆い、先輩がずるずるとしゃがみこんでいく。

「…先輩?だいじょうぶ…?」

 ふるふると首を横に振ひ、びっくりしたように相変わらず目を丸くしている先輩が、消え入りそうな声で恐ろしいことを言った。

「どうしよう…俺、久世谷くんに挿れたいかも…」



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