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 部室棟まで若干歩くが、しょうがない。便所で時間をつぶすより健康的だし百倍マシだ。あとは園田がいないことを願うしかない。だいたい、これまであの屋上にいたのは俺一人か、たまにやってくる汐くらいだった。園田は今までどこから俺たちを見ていたのだろう。

 部室棟の外階段を駆け足で登る。帰宅部の運動不足にはちょっと堪える。

「……」

 屋上まで出てしまえば、頭上には青い空しかなくて、ようやく解放されたような気分になった。大きく息を吸い、芝生まで歩くと座り込んで息を整え横になる。

「はぁ…」
「志島くーん!」
「あ?」

 ようやく人心地ついたというのに、慌てて起き上がり声の聞こえたほうを見れば、園田が制服に作業着を羽織って軍手をはめた手で手を振っていた。園田が出てきたのは、俺がいつもここまで来る外階段ではなくて、内階段のほうからだった。

「なんだぁ結局来てくれたんだね!」
「……いや、お前のために来たわけじゃないけど」

 俺のところまで走ってきた園田がしゃがんでふふ、と笑う。思わず荒れた声になってしまって口元をさりげなく抑えた。もっといい言い方できないのかな、俺は。

「そこは嘘でもいいから俺のためって言ってよ」
「……」

 めっちゃ見てる。俺のこと、めっちゃ見てる。恥ずかしい。

 園田から視線を横にずらしたが、今度は訪れた沈黙に気まずくなる。そんな俺のことなど気にもせず、園田は俺の隣に腰を下ろした。

「お昼は?」
「……もう食べた」
「弁当?」
「うん」
「志島くんは次の授業は何? 俺んとこは古典」
「数学」
「うっわぁそりゃ眠いね」

 あれ…? 会話が出来てる。俺、喋れてる。

いや、こんなもの会話とも呼べないのかもしれないけど。でも、ちゃんと俺でも受け答えできてる。

「俺のとこ数学田島先生なんだけどさ、あの人寝てる人起こすのに耳元に息吹きかけるんだよ」
「あいつ嫌い。キモイ」
「あ、G組も田島なんだ」

 隣の園田をちらりと窺えば、楽しそうに笑っていた。こんな会話が楽しいのか? 思わず園田の顔を覗き込むように見てしまった。

「ん、志島くん?」
「あ……いや……お前、なんで俺の名前、知ってたの?」
「えーなんとなく? よく屋上来てるから顔は覚えてたんだよねー」

 風に吹かれたら消えちゃいそうなほど儚げな顔で園田が笑う。温かい陽射しのせいか、頬が熱く感じた。なんだろう、この感じ。人と会話が出来てる。

こみ上げる思いはなんとも形容しがたい。

「ふぅん」
「俺からも聞いていい?」
「……なに」
「相楽くんとはどういう関係なの?」
「……」

 もしこれを答えなかったら、園田は俺に嫌な印象を受けるんだろうか。正直に答えたとしたら、俺と汐が幼馴染だってことが広まっていくのだろうか。

 汐は目立つ。汐のことを知らない人などいないはずだ。一方で俺なんか去年の担任にも顔も名前も忘れられてるような人間だ。

 そもそも汐と関係のある人間だと思われたくない。

「……特に何も。なんの関係もねぇよ」
「そなの? 仲良さそうに話してるのに」

 そういうふうに見られてたなんて最悪だろ。ここなら誰も来ないからって、学校にいるときでも汐と話してた過去の自分が憎い。それを見られてたなんてとんだ失態だ。

「それ、いつもどこから見てんの?」
「うん、園芸部の備品室」

 そう言って園田が指さしたのは内階段のドアだった。
 気が付くはずがない。

 小さな溜息をこぼしたとき、チャイムの音が鳴るのが聞こえた。立ち上がろうとした瞬間、あろうことか芝生についた両手に園田の手が重ねられた。

「っ…」

 俺に覆いかぶさるように顔を近づけた園田に、ひっくりかえりそうになるほどびっくりする。声を上げそうになったのを、すんでで飲み込み、間近に迫る園田から逃げるように俯いた。

 頬が熱い。この顔を見られてると思うと今すぐ逃げたい。緊張で顔が赤くなっているのが見なくてもわかる。こいつはいったい何がしたいんだ? これは、なんだ?

「本当に相楽くんとは関係ないんだね?」

 園田が囁く。笑いを含んだその声に腹が立ったけど、それどころじゃなかった。答えずにいると、さらに顔が近づいてくる。思わず目をつぶり、こくこくと頷いた。

「そっか……志島くん、かわいいね」

 唇が触れそうになるほどの至近距離で空気が揺れる。吐息がかかり、ぞくりと背筋が粟立った。なんだよ、これ。なんの嫌がらせだよ。意味が分からない。さっきまで人と話せたことで若干気分が高揚してたのに、今度は別の意味で心臓が暴走したように音を立てている。園田はそのまま耳元で息を吐くように笑うと、ゆっくりと俺から離れていった。俺はただ目を見開いて園田を見上げることしかできなかった。薄い唇を持ち上げて園田が笑う。

「またおいで志島くん。またお話しよう」



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