U
← 15/43 →
◇
箱庭のように息苦しくて居心地のよい世界だった。小さな小さな世界で、泣きそうな目をした少年を匿うように抱いて目隠しをする。少年が死ぬその時まで、永遠に続くのだと、確かにそう思っていた。
しかし永遠なんてものはない。気づいてからは、ただこの小さな世界を守るに務めた。外の世界からやってくるものをひたすらに叩きのめしていけばよい。誰もこの世界に踏み入れさせなければ万事問題はない。はずだった。
脳裏に浮かぶのは一瞬だけ目の合った、儚く淑やかな顔をした男。
――誰だ? あいつ。
何かが入り込んできている。異物のようなものが雪巳にいらない影響を与えている。
「あ、の……相楽くん?」
無意識のうちに険しい顔をしていたらしい。組み敷いた女から不安げな声が上がった。すぐに胡散臭いほどの甘い笑みを貼り付ければ、ほっと安心したような女の顔が赤く染まる。
「なぁに? ここ、痛かった?」
甘く優しいと言われている声をさらに溶かしたようなものにして女に囁く。目元を緩ませ女を見つめれば、ふるふると首を横に振った。
「じゃあ、いい?」
小さくうなずいた女が、露わになった自身の体を恥ずかし気に隠そうとする。その手を取り優しく撫でれば、悦に浸るように体が震えた。滑らかで柔らかい女の体を這うように手のひらを動かす。
徐々に濡れた声が漏れ始めていた。汐は目の色一つ変えず、ただ女を愛撫していく。情なんてものは何一つ持っていない、ただ通学のバスで雪巳を気のある目でちらちらと眺めていた。それだけの女だ。名前も知らない。
しかし汐にとって、それは大変なことであった。自分と雪巳の世界を壊しかねない危険な存在に他ならない。しっかりと芽は摘まなければならない。摘み残しがないように、こぼれがでないように目を光らせておかなければならない。
ふと首元に熱い何かが触れるのを感じた。振り払いそうになったのを理性で押さえ、ワイシャツのボタンをはずそうとしている女の手を握った。
傷だらけの体を見せるわけにはいかない。
「俺はダメ」
もの言いたげな視線をよこす女から、そんな思考を振り払うように手を動かせば嬌声が上がった。
鬱陶しい。気持ち悪い。
とろけた目でじっと見上げる女にわずかにほほ笑む。耳元で甘い言葉を囁きながら、手の動きは激しさを増していく。縋り付くように女がワイシャツをぎゅっと握った。
濡れそぼった女の穴から彫刻のような造形美を誇る指を引き抜くと、汐は自身を女にゆっくりと挿れはじめた。
甘えるような声が女の口から漏れる。ねだるような、求めるような。
そんな反応に対して抱くのは嫌悪感でしかない。
――こんな女が。お前なんかが。
嬌声がうるさい。自分可愛い声に腹がよじれるほど笑いたくなってしまう。誤魔化すように女の体に覆いかぶさり、耳を甘噛みした。
――ほら、消えちゃえ。消えちゃえ。全部全部忘れちゃえ。
女の頭から雪巳の記憶が全てなくなるように。快楽と、まるで作りもののように美しい青年に抱かれる非現実に溺れてしまえばいい。
刃物でも突き刺すように、自身で女の体を貫いた。
突然の衝撃に悲鳴を上げた女の腰が跳ねるのを押さえつけ、荒い息を吐き出しながら笑って見せる。
「ねぇ、今、何考えてる? 俺のこと、考えてる?」
必死に頷く女にさらに甘く笑うと、腰の動きを増していった。女から上がる声が切羽詰まったものになっていく。一糸纏わぬ女の体から汗が散り、それは女の匂いとともに汐の纏った服に沁みついていった。
「もっともっと俺でいっぱいにしてあげるよ」
愛されることで満足をするような女が、雪巳を満たしてやれるのか? 雪巳を幸せにしてやれるのか? 雪巳を愛することができるのか?
そんなことができてたまるか。
こんな奴が、雪巳が死ぬその瞬間まで雪巳の隣にいてやれるわけがない。雪巳の死後も雪巳を思い続けられるわけがない。
――死ねよ、ブス
雪には俺だけ。俺だけがいればいい。雪が幸せな世界を俺が作るんだ。雪が幸せでいられる世界を俺が守り続けるんだ。
雪には俺だけ。俺には雪だけがいれば、それでいい。
← 15/43 →