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もしかして本当にヤバいサイトでも開いてたか?
箱川は相変わらず固まったままだった。たぶん俺が最後に開いていたのはゲームのトップ画面のはずだ。誤操作で変な広告にでも飛ばされてたらシャレにならない。
焦って俺が箱川に手を伸ばすより早く、すらりとした長身が前をよぎった。優美な仕草でまるでダンスでも誘うように、呆然と固まる箱川の手からスマホを奪っていく。
「……」
とろけるような目の色をして、汐が俺に手を差し出した。
「あ……ありがとう……」
礼を言うと汐は控えめな微笑を寄越した。あまりにも俺が学校で関わるなと言ったからか、汐のそんな笑顔は明らかに同じ学校の見知らぬ生徒に見せるものと同じだ。そこに何か複雑なものが顔を見せたが、押し込めるように胸の内にしまい込む。
「はこかわぁっ!」
たぶんその場にいた全員がびくりと跳ねたと思う。廊下中に怒鳴り声が響き渡った。
「げぇ……」
不良連中がうんざりした顔をしている。そりゃそうだ。この学校で唯一生徒に本気で怒鳴るのは、生徒どころか教師陣からも疎まれている生活指導の教師。
俺は都合よくこの場から離れられてラッキー、と内心ホッとした。生活指導のねちねちと面倒くさい説教に捕まった箱川たちからそっと抜け出す。
教室へ入ろうとした時、後からどんっと誰かにぶつかられた。すぐにふわりと石鹸の匂いが香ってくる。最悪だ。汐だ。
「雪ちゃん。それ、誰にやられたの?」
「……は? 何が?」
心地よい声で耳元に囁かれる。ぶつかったきり、離れてくれない汐が後ろから俺の手首を握った。
「っ、おい」
何も答えない汐が、俺の手首を握ったまま階段を駆け下りる。幸い誰ともすれ違わなかったけど、なんでこんなことしてるんだろう。今日はことごとくついてない。
園田には変なことされるし、箱川たちには笑われるし。このまま帰りたい。
汐が飛び込んだのは保健室だった。電気のついてない保健室は無人で、汐が後ろ手に鍵をかける音が聞こえた。さすがは年がら年中傷だらけなだけある。保健室なんて勝手知ってたるって? いや、なんでこんなところに連れこまれてるんだよ。
「なに、何なの? 本当どいつもこいつも、マジやめて」
「ゆき」
遮るように汐が呼ぶ。異様な空気になんだか怖くなった。保健室は嫌いだ。
「……んだよ」
俯いていた汐が顔を上げる。へらへらした顔はそこにはなくて、代わりに浮かぶのは一切の感情が抜き取られたようなものだった。
「し、しお……?」
灰色の保健室に人の気配はない。生気を抜かれたような汐は、まるで本当に人形にでもなってしまったかのようで、唐突に物音一つ聞こえない空間に悪寒がした。
汐はふっと表情を緩めると、一番近いところのベッドに腰掛けた。
「雪、おいで。それ、見せて」
だからそれって何なんだ。顔を顰めて汐に近づく。ここで鍵を開けて逃げればよかったかもしれない。そんなことを一歩足を踏み出してから思った。
汐の前に立つと、伸びてきた腕が俺の体を引っ張った。なんだか嫌なデジャブだ。ついさっきのことが蘇る。
そのまま汐の膝の上に跨るように座った俺の腰にがっちりと腕が巻かれた。だからなんで、どいつもこいつもこう近いんだ。
汐のただでさえ白い肌は、電気をつけていないからか、いつもよりずっと青白く見えた。柔らかい雰囲気はなくて、その無機質な感じが俺はやっぱり怖かった。
汐が片手で俺の首元をたどる。嫌な汗が流れた。汐の体を振り払いたい。
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