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◇
「おい、志島」
「は、はい……」
放課後、教室に残ったのは俺と箱川の二人だった。そして今、箱川は俺の前の席に後ろ向き、つまり俺の方を向くように椅子をまたいで座っている。目の前に掲げられた箱川のスマホには見慣れたログイン画面が表示されていた。
「シジマなんだろ」
「え……あ、これ」
「やっぱ人違いか?」
ぼそりと呟いただけだったが、男の中でもかなり低い箱川の声では、それだけでもずいぶんと響いた。
「え、やってんの……このゲーム……」
俺が毎日走ってるゲームだ。そこまで有名なものじゃない。インストール数もあまり多くなくて、だいたい潜れば見たことのあるユーザー名が占めている。思わず目を見開いて箱川を見上げた。
「やってるも何も、お前がシジマなら毎日対戦してる」
「うそ、誰」
スマホに目を落とした箱川が画面を操作した。にゅっと目の前に画面を突き付けられる。
「……あ、太刀の奴じゃん」
おにぎりの被り物のようなものを被ったゆるキャラみたいな謎のアイコン。見慣れたそれは俺が学校に行く度対戦しているエンガワとかいう奴に他ならない。何故におにぎりなのにエンガワよ、といつも心の中で呟いていた相手がこんな耳の穴グロッキーなピアス野郎だとは。
「マジか……」
呆然と呟いた俺を眉一つ動かさない箱川がじっと見つめた。まったく感情の読めない顔だった。箱川は以外と落ち着いた話し方をする。こいつがいつも汐を殴ったり蹴ったりしてるようにも思えない。なんだか不思議な気分だった。なんとも言えない沈黙が訪れる。
放課後の教室は時間がゆっくり流れていく。いつも縮こまって遠くから眺めるだけの箱川を見上げれば、耳のピアスは恐ろしい数なのに清潔で精悍な顔立ちをしていることに気がついた。汐の場合整いすぎて性別さえも分からなかったり人形のようだと思われるが、箱川はいるだけで精気を感じる男らしい顔立ちだ。
箱川のよく日焼けした艶のある肌をぼおっと眺めていたら、若干かさついた唇が動いた。
「……共闘相手がほしい。フレンド枠、空いてるか?」
広い教室に二人きり。グラウンドから運動部の声が聞こえてきた。いまさら変な緊張が押し寄せる。机の上でスマホを握った手が汗で滑った。
空いてるも何も、俺一人だ。すっからかんだ。
どくどくと興奮とも呼べる感情が広がった。これにはどう対応すればいいのだろう。園田と違って、箱川はしゃべり上手ではないはず。逆にだからこそ、俺はこの空気感が嫌いではなかった。
答えない俺に箱川がわずかに眉をひそめる。それがほんの少し悲しそうに見えてしまった。ただの勘違いかもしれないけど。
「もう空いてないか。志島、強いもんな」
「い、いや。空いてる。てか俺いつもソロだから」
カラカラに乾いた喉をなんとか唾を飲み込んで潤わしながら慌てて口を開く。緊張してぐぇっとなにか詰まったような変な声が出た。手汗で滑るスマホからログインし、震える指で開いたことのないフレンド画面をタップする。
ちらりと箱川を確認すれば、目を細めて安心したように笑っていた。そんな箱川に思わず釘付けになる。こいつ、こんな表情もできる奴だったんだ。
「今日の夜、空いてるか?」
「っな、にも、ないけど……」
「行きたいクエあんだけど、俺のレベルで一人じゃたぶん死ぬから。悪いけど付き合ってくんねぇか?」
「あ、お、俺でよければ……」
挙動不審になりながらなんとか答えると、箱川がにやりと歯を見せて笑った。近寄りがたかった印象が一気に邪気のないものになる。あまりにも眩しくて痙攣したように瞬きをしてしまった。
普段厳つくて怖い印象しか持たない大量のピアスが、その爽やかな笑顔となんともアンバランスなものに見える。やっぱり案外こいつはいい奴なのかもしれない。
箱川は時間を言いつけると、呼び出しを食らってると言って先に教室を出て行ってしまった。一人残った俺はにやにやと上がりそうになる口角を必死に抑えていた。
ずっとやりたかった共闘だ。二人いたら、どんなことができるだろう。しかも対面で会話をする必要はなくて、相手の顔も目も見なくてよくて。緊張するけど楽しみだ。今日一日のわけのわからないことが帳消しになった気分だ。……めちゃくちゃ緊張するけど。
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