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 ちょっと早く着きすぎたかもしれない。

 俺は一人、教室であくびをかみ殺した。いつもより30分早いだけで教室は無人だ。バスはいつも以上にすし詰め状態だったというのに。

 それに今日は普段自然と盾になってる長身色男な幼馴染を置いてきたから、なおさら満員のバスは不快だった。そう考えれば、周りが一歩引いてしまうほどの美貌とあの無駄に体格のいい体は役に立っていたのだな、とぼんやり思う。
 
「ふぁ……ねむ」

 そういえば朝起こしに来た汐も今日は眠そうだったな。おまけに傷が増えていた。俺が気づかないとでも思っているのだろうか。「何したの」と聞けば明らかに焦った口調で「何もしてない」なんてほざいてた。どうせまたかさぶたでも掻きむしったりしたんだろう。馬鹿だな。

 なんとなく気まずくて、汐がばあちゃんに薬を塗られている隙に飛び出してきてしまった。だって、汐と一緒に学校へ行ってるところを見られたくない。並んでいようが、近くにいようが、レベルが違いすぎて俺と汐が幼馴染だとか顔なじみだなんて誰も思わないんだろうけど。
誤魔化せない人間もいるのだ。箱川の顔が頭に浮かぶ。

 もし箱川にうっかり鉢合わせしてしまえば、汐は絡まれる、今日に限っては俺も絡まれる。地獄絵図だ。汐と関わりのある人間だと、箱川にだけは知られたくない。
 
「……志島?」
「っ!」

 聞き慣れない低い声が名前を呼んだ。箱川のことを考えていたから余計に肩が跳ねた。震えた膝が机を打って、みっともなくガタンを音を立てる。ビビりすぎだろ、俺。

 ぎこちない仕草で声の聞こえたドアの方を見れば、少し驚いたように眉を上げた箱川が立っていた。
 
「はよ。早いな」
「あ、うん……お、はよ」

 一瞬で心拍数が速くなっていくのがわかる。箱川は迷いもせず、俺の前の席に向かってきた。箱川が近づいてくるにつれ、体が固まっていく。緊張でもう声なんて出せなかった。

 笑えてくるよな。顔を合わせればこんなんなのに、昨日箱川と大興奮で共闘してたんだぜ? めっちゃくちゃ楽しかった。それのせいでろくに眠れてないのだ。うつらうつらしてきたところで汐に起こされ、ちょっとイラっとしてしまった。

 しかし俺は画面越しの箱川との共闘を楽しみすぎて、朝になれば顔を合わせることになるのを忘れていた。考えてみたら、なんだかとてつもなく恥ずかしくなったのだ。どんな顔をして会えばいいのか分からない。なんて今思ってももう遅すぎるけど。

 箱川は前の席に陣取ると俺の机に頬杖をつき、眩しそうに窓の外を眺めていた。朝の光がひどく眩しい。空気は今の時期にしてはどこかひんやりとしていた。陽の光に透けて、箱川の目が明るい茶色に見える。精悍な横顔だった。
 
「いつもこんな早く来てるのか」
「っわぅ」

 箱川の横顔をぼぉっと眺めていたら、突然その視線がこっちを向いたから思わず変な声が出てしまった。嫌だもう、死にたい。瞬きを繰り返しながら視線を逸らしてどうにか頭を落ち着かせる。
 
「い、いや……今日は、たまたま」
「ふぅん」

 ちらり、と箱川を見れば何でもないように聞き流している。こんなに意識してる自分が馬鹿みたいに思えてくる。というか普通に馬鹿だと思う。


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