X
← 32/43 →
◇
校内で汐とコンタクトを取るのは極力避けたい。というかしたくないと思ってる。当たり前な話、あいつと関わりのある人間だと思われたくないからだ。
これまでにもこういうことがなかったわけじゃない。ただ、暗黙のルールのように、そんな時は昼休みの屋上で会っていた。会ってたんじゃない、たまたま鉢合わせただけだ、もちろん。
「どこ行くの?」
聞き慣れた声が呼び留めた。学校ではあまり関わりたくない奴だ。聞こえなかったふりをしてそのまま振り帰らなかったら、手首を引っ張られる。まぁそうだよな。俺、今日昼ごはん持ってないんだし。
「何?」
振り返れば、体育着の汐がいた。汐のクラスは体育だったらしい。A組とG組じゃクラスは一番離れてるから、何の授業をしてるかなんてまったく知らない。幸い周りには誰もいなくて、窓がない廊下の端は少し薄暗かった。
「屋上、行くの?」
「……別にどこでもいいだろ」
「今日、暑いよ」
「だからなに?」
「倒れたり……したら、どうするの」
歯切れが悪い。不審者でも見るように汐を見上げた。不安げな様子で汐は俺を見ている。飼い主を窺う犬のようだった。
「別に汐に関係ない」
「……まぁ、いいけど」
手首を握る汐の手が緩んだ。汐の瞳がどこを映しているのか分からないのは、薄暗さのせいか。どこかいつもと違う印象だった。
「園田柊は俺嫌い」
ぽつり、と小さな声が聞こえた。その言葉に目を見開く。
珍しい。汐が特定の誰かの名前を自分から出すだけでも珍しいのに、それに加えて好きとか嫌いとか、感情を口に出すことなんてほとんどない。
「……別に、俺も好きなわけじゃないけど……でも教室嫌いだからやだ」
「箱川くんがいるから?」
以前はそうだったかもしれない。でも、今はそうでもないような気がした。箱川のことはもう怖くない。
じゃあ何が嫌なのだろう。ちょっと考えて、汐を見上げる。珍しく表情がない。石膏でも見ているようだった。
「別に」
強いて言うなら人がいっぱいいて、その中で一人でいるのが怖いから、な気がする。
もしここで箱川の名前を出したら、汐がまたなにか変な思考に走りそうな気がした。こいつは何をしでかすか分からない節があるから。
「ていうか園田のこと知ってたの?」
「……別に」
むくれたように汐が答えた。面倒くさいな。園田と会ってたこととか、話してたことも知られていたのだろうか。
園田の名前を口にすれば、汐は小さく顔を顰めた。それだけですごい迫力がある。さすがの美形だ。怖いからやめてほしい。こんな汐は小学生の頃インフルエンザで家に軟禁されていた時以来かもしれない。学校へ行く時カーテンを開けて汐の部屋のほうを見れば、恨めしそうな顔で額に冷えピタを張った汐が手を振ってくれていたのを思い出す。懐かしい。
「知らないよ、園田柊なんて」
「……あっそ。じゃ」
意味が分からん。なんだか機嫌が悪いな、珍しい。ひょっとして朝置いて行ったの怒ってるのか?
まあいいや。汐の手に握られていた弁当の袋を受け取り歩き出そうとしたら、また手首に何か引っかかるような感じがした。振り向けば汐が俺の手首を握っている。
「汐?」
「っあ、うん。ごめん」
びっくりしたように俺の手首から手を離した汐が変な顔をしている。ちょっと気になったけど、これ以上学校内で汐と話しているのも嫌だった。誰かに見られたくない。ましてや箱川にだけは絶対に。
箱川は汐に恨みでもあるんだろうか。どうせ汐が何かやらかしたんだろうな、とは思うけれど。
← 32/43 →