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「あ……いや、その」

 後ろで園田が小刻みに震えている。顔は見えないけど、くつくつと笑っているのが至近距離でよくわかる。
 
「あっはは……志島くん、そういうとこだよ。君の危なっかしいところは……ははつ……で、どうなの」
「どうって」
「羨ましいなぁって思って。相楽くんが。ちょっとやそっとの付き合いじゃないんでしょ?」
「……」
「こらこら。都合悪くなって黙るなって」

 笑いを含んだ声で可笑しそうに園田が言う。唐突にこんな場所で抱き合って寝転がっているのがおかしく思えてくる。抱き合っているとかなんか不純に聞こえるし、実際は園田が俺に抱きついてるだけなんだけど。
 
「志島くんが名前で呼ぶような関係なんでしょ」
「……友達じゃ、ない」
「うん。じゃあもっと特別なもの?」

 それはいったいなんて名前のものだろう。友達よりも大切な? 家族みたいなものなのだろうか。でも汐は家族にするにはちょっと物騒で嫌だな。
 
「……分からない」
「えーそういうもん?」
「じゃあ、園田は……俺と園田は、なに?」

 視界に太陽が映って目をつぶった。芝生の青が広がっていた視界が真っ青の快晴に変わっている。腰のあたりに重さを感じたのは、園田が俺の上に跨るように乗ったからだった。見下ろされるこの体勢にちょっとひやっとする。どうあがいても、たぶん園田を退かせない。

 俺の両腕に手を這わせた園田が、そのまま俺の手に指を絡めた。地面に磔にでもされたようで動けない。
 
「んー何がいい? 友達?」
「友達ってこういうこと、する?」
「うん、するするー。普通だよ」
「やりたくてやってるの?」

 まるで時間稼ぎでもするように意味のない質問をする。
 
「むしろやりたいって思える相手が友達だよね」
「へぇー」

 逆光で園田の顔が暗い。にこにこと笑みを浮かべている。なんだよ、これ。身動きも取れないじゃんか。前に鎖骨を噛まれたことを思い出す。どうしよう、今度は何が……

「俺は志島くんが好きだから、全然オッケー。友達になろう」

 もぞり、と園田の下で身じろぎすれば、園田の体が覆いかぶさってきた。こつん、とおでこをぶつけられる。吐息がかかって思わず目をつぶった。

「友達……?」

 恐る恐るゆっくりと瞼を開く。

「そうそう」

 唇に柔らかいものが触れた。軽く下唇を食むように噛まれる。
 
「友達」

 確認するかのように園田が繰り返した。スキップでもしているような軽く弾むような声音だ。園田の黒曜石みたいな瞳が綺麗に光った。

 どくどくと心臓の音がうるさい。何もこういうことをされるのが特別嫌なわけじゃない。俺だって男だ。こんなのいちいち騒いでたら重い女みたいじゃんか。でも、混乱はする。

 どういう反応をするのが正しいんだろう。ただの戯れ、悪ふざけ、ノリ。いろいろあるんだろうけど、友達なんていたことない俺には分からない。されるがままだ。

 ――嫌って言わないと止めてくれないんだよ?

 汐の言葉が頭に響いた。ぞくりと背中が粟立つ。園田の瑞々しい花のような匂いに包まれた。唇にしっとりとした園田の唇が当たり、今度はなかなか離れてくれなかった。

 どうしよう、このまま俺がされるがままだったら、どうなるのだろう。面白くない、と離れていくのだろうか。これは何かの冗談で、俺が拒絶するのを待っているのだろうか。

 園田の制服は冷気を含んでいる。制服だけじゃなくて、数センチも離れていない園田の肌からもひんやりとした空気を感じた。息を吸うのも忘れて、思考が止まる。
 
「っ……!」

 ぬめりとした舌に唇を押され、頭の中が軽くパニックになった。
 
「ひっ……ンっ」

 なになになに、なに? なに? なに、これ?

 小さく漏れた悲鳴で唇がうっすら開いた。すかさず温かいものが侵入してくる。全身に鳥肌が立った。頑なに口を閉じようとしていたら、園田の舌にこじ開けられる。その生温かくて、まとわりつくような動きをするものをどうにか引きはがしたかった。

 顔を振れば、園田の手が頬に当てられ舌が追ってくる。逃げられない。怖い。

「んっ……そ、のだ」
「うん」
「い、嫌っ……」

 上ずった声は掠れて震えていた。自分でも情けなくて笑えてくる。そんな自分に泣きたくなったとき、ぱっと園田が離れていった。清々しいほどの笑顔を浮かべている。視界がまるで海の中から太陽を見上げたように揺らいでいた。

「あっは〜ごめんごめん。志島くん人慣れないの知ってんのに、ごめんね」

 遮られていた太陽の光が入り込んでくる。園田に謝られて、反射的に首を横に振っていた。そんな俺を見て、相変わらず花が散っていくような綺麗な笑顔を浮かべていた園田が顔を寄せてきた。思わずひくりと肩を揺らし寸前で目をつむったとき、頬に黒く光る髪の毛があたる。

「俺のこと、嫌いにならないでね?」

 耳元で何かが疼くようにそう囁かれた。ポカンとしているうちに、園田が俺の上から退き、にこりと笑うとそのまま去って行ってしまった。パタン、と備品室の扉が閉まる音が後ろで聞こえる。ささやかな風が通り抜けた。

「……え?」


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