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◇
めっきり顔を見せなくなった園田のせいで、心なしか屋上の植物たちがしょんぼりしているように見える。日々暑くなる一方の季節で、そんなに放置していていいのだろうか。視界の隅の蛇口が目に入ったが、水をやることが正しいのか、植物の知識など皆無の俺には分からない。
たいして陽を遮ってくれるわけでもない木陰の下でゲーム画面を開いて、ログイン中の箱川のところへ勝手に混ざった。なかなか切り替わらないロード画面から目を離して、渡り廊下のほうを見下ろせば、そこに見慣れた後ろ姿を見つけた。
今日は箱川たちに絡まれているわけでもない。ここに来るでもないし、また告白かなんかだろう。面白くない。
汐の後ろ姿に被って見えないが、その前に誰か人がいる。ズボンだから男だ。汐ほどの美しさだと、もう男同士だとかそんなこと関係ないらしい。綺麗なだけで偏見も吹っ飛ぶなんて、革命だろう。
汐が口元に手をあて肩を震わせる。珍しい。学校でそんなにして笑うことなんて滅多にないのに。
ちょっとした好奇心が生まれた。身を乗り出して渡り廊下を見渡す。少し横へずれた汐のおかげで、前にいる男子生徒の顔が見えた。
「あ……」
その顔が目に入った瞬間、息が詰まるような感覚を覚える。
男にしては繊細な顔を綺麗に崩して笑って見せるのは、ここ最近顔を見せない園田だった。人懐っこい園田はきっと誰に対してもああやって笑うんだろう。俺の前でも、汐の前でも。
園田は汐にも俺と同じようなことをするのだろうか。思わず唇に手を当てて考える。あの二人は友達だったのか? でも汐に友達なんて呼べる相手がいるとは思えない。
だいたいあいつやたらと園田のこと嫌ってるじゃんか。人の名前すらちゃんと覚えているのか怪しい奴なのだ。だから汐がそんなこと言うなんて珍しい、なんて思っていたけど。
心臓が不自然に揺れ始める。園田柊は嫌い、なんて口走ったいつかの汐の声が頭に浮かんだ。俺なんて園田の下の名前さえ知らなかったのに、お前はどうなんだよ。なんで名前まで知っていた? 俺よりも全然仲よさそうじゃん。あの嘘つき。馬鹿。嫌い。
汐が誰と笑っていようが関係ない。所詮誰にだってへらへらといい顔をする。それだけだ。汐に笑いかけられたからって、特別扱いじゃない。汐はそういう奴だから。
でも、どうでもいい相手ならいつもみたいに名前なんて覚えないだろ。
「……許せないって、嫌いって、なにが」
じゃあ、汐にとって園田は特別? そりゃわざわざ嫌いになるくらいだもんな。俺も相楽汐なんて大嫌い。
手に持っていたスマホが急に振動し、ハっと意識を戻された。
張り付いたように離れない視線を無理矢理渡り廊下から画面に向け直したが、肩を震わせて笑う汐と園田の笑顔はこびりついて離れなかった。どくどくと心臓が音を立てる。嫌な汗がじんわりと制服を湿らせた。
言いようのない不安が胸の内を這っている。ざわめく胸騒ぎが気持ち悪い。必死に息を吸っては吐いた。
自分が何にこんな不安を感じているのか分からない。ただなんとなく朝から体調が悪かったのはわかっている。だから、これはきっと一過性のもの。大丈夫、こんな気持ち悪さすぐに消えてなくなる。
「……ん、」
なにかがせりあがってくるような物理的な気持ち悪さを感じて、口元を反射的に覆った。芝生の上にぼとりとスマートフォンが落ちていく。胃が収縮を繰り返し、喉奥が締まったり開いたりするのをひやひやしながら耐えた。唾液が溢れてくるのを必死に飲み込む。変に呼吸をすれば余計に悪化しそうだった。
しばらくそのまま固まっていたが、やっと去って行った吐き気に安堵して溜息をつく。新鮮な空気を思い切り吸って、額に浮いた脂汗を腕で拭った。
「なんなんだよマジで。最悪。あー気持ちわる」
全部汐を目撃してしまったせいだ。さっきとは違う意味で溜息がこぼれた。日光で温まった頭をがしがしとかき回す。
じくじくと暑い光が眩しかった。
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