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「雪ちゃん。飲み物」
「……あー」
「ちゃんと水分取らないと駄目だよ? もう暑いんだから」
「うーん……」
今年初の熱中症の搬送者が出た、とかずいぶん前のニュースな気がする。バス停のベンチに座り込んだ俺の頬に汐がペットボトルの水を当てた。
なんとなく気持ち悪い気がする。そんな状態のままもやもやと授業を受け、気が付けば放課後になっていた。箱川が心配そうな顔で見てたような気がする。声をかけようか迷ってる、そんな表情で俺のことを見てたけど、他クラスの不良から呼ばれて帰っていった。
俺もバス停までは来たけど、乗る気になれなくてずっとベンチに座っていたら、いつの間にか汐が目の前に立っていた。
「……汐」
「なぁに?」
「ちょっと笑って見て」
「え、えぇ?」
びっくりしたように目を開いた後、すぐに戸惑った表情になる。
そんな汐を見上げて舌打ちした。頭でも狂ったか、俺。
なんとなく見たくなったのだ。口元に手を当てて心底楽しそうにクスクスと肩を震わせる汐が。
「やっぱいいや。気色悪い」
「な、雪ちゃん本当に大丈夫? どっか痛くない? 陽に当たりすぎたりしたんじゃないの? 体調悪いんでしょ」
「悪くない」
「いつからなの」
「……昼」
「あーほらやっぱり。屋上行ってたんでしょ。それたぶん日射病だよ」
別にいいじゃん。屋上から見てたから。見たくもねぇお前のこと。告白されてても、殴られてても、なんにしても汐がよく見えるから。
園田もいつもお前のこと見下ろす側だったのにな。今日は違ったんだね。
逆光で不気味な影を頬に作っていた汐が、ゆっくりと膝を折る。緩慢で、それでいていやに色気のある仕草だった。地面に膝をついて俺と目を合わせた汐が俺の顔を覗き込む。顔におちていた影が消えて、きめの細かい肌がパールみたいに光った。垂れ目の甘い目元には、いつになくまっすぐで真剣な眼差しが浮かんでいる。
「明日は絶対に行っちゃ駄目だよ」
「……なん」
「駄目だよ」
万人を虜にする声で有無を言わせない圧力をかけられた。仕方なく小さく頷けば、汐はふっと笑った。一瞬、素で笑ったかと思えば、すぐにいつもの微笑を浮かべる。ちらりと白い歯が覗く。できすぎた顔に泥でもこすりつけたくなった。
「絶対に、だよ」
なんでそこまで念を押すのかわからない。囁く汐の声は、甘くて、どろどろしていて、胸やけがした。
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