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バンっとけたましく扉を開けた音が教室中に響き渡った。教室内にいたクラスメイトが一斉に俺を見る。肩で息をする俺を皆が不審げに見ていた。額から頬を伝って汗が流れ落ちていく。俯けば、床にぽたぽたと落ちた汗がしみこんでいくのが見えた。
ぐっと唾を飲み込み再び顔を上げた時、眉をひそめる箱川と目があった。
「っ……」
そのとき自分がどんな顔をしていたのかは分からない。おそらくひどく滑稽なものだったと思う。この気持ちを自分の中だけに押し込んでいられるほど、俺の心は冷静じゃなかった。
まるで縋り付くように、今にもどうにかなりそうに箱川を見つめた。小さく目を見開いた箱川が教室を出ていくのを見て、扉に添えていた手がだらりと落ちる。
「志島」
後ろから声が聞こえたかと思ったら、すぐさま引っ張られた。箱川だった。力がはいらないせいで足元はおぼつかない。半ば引きずるようにして箱川に引っ張られ、廊下の隅のベンチに座らされた。
「志島、どうしたお前何が」
箱川がうっすらと埃をかぶった汚い廊下に膝をつき、俺の肩を掴んだ。大きな手が強い力で肩を掴んでいる。その感覚すら、どこか遠く感じた。
「い、いや……俺……」
目の前にいるはずの箱川があまり目に入らない。俺は今何を見ているのだろう。さっきまで外の日差しに当てられていた頭が熱く感じた。火照った身体から汗が流れ落ちる。落ち着かない視線が何をとらえるでもなく行ったり来たりを繰り返した。
肩を掴む手にさらに力がこもる。指が食い込んで思わず肩を震わせた。
「……悪ぃ」
力の抜けた箱川の手が俺の膝の上に落ちていき、指先の冷えた俺の手をきゅっと握った。箱川の涼やかで強い意思を持った目が俺に向く。
「何があった。誰だ? 誰にされたんだ」
「ち、ちが……違くて……」
そうだ、何があった? なんだ? あれはなんだったんだ? 俺は何を見てしまったんだ?
どうしようどうしよう。何、あれ……。何?
フラッシュバックでもするかのように、汐の獣のような目と、目を離せば遠くへ散ってしまいそうな園田の姿が脳裏に浮かぶ。
芝生の上で重なる体。絡まる指先。ちらりと覗く赤い舌に、ゆだるような熱い息。体をまさぐる幼馴染の手。苦し気に顔を歪める艶めかしい園田の顔。
きらきらと輝いていた。まるで神聖ななにかのように。美しい汐と綺麗な園田。
そして、
「志島っ」
「ど、どうしよう……どうしよう俺」
雪には汐だけ。汐には雪だけ。雪だけ。そうだよね。そうだよね? ずっとずっとそうだよね?
ねぇ園田くん。汐のどろりとした声が思考を溶かす。
「志島、何があったんだ。誰に何された。名前はわかるか? 顔でもいい。学年は? ネクタイの色は覚えてるか? それとも女なのか」
俺と、付き合おっか。
確かにそう言った。確かに口元はそう動いていた。
どくどくと頭に血が上っているのか、急速に冷えていってるのか分からない。パニックに陥った頭が割れるように痛い。
……好き、なの? 好き? 汐は園田が好き?
「なぁ志島。大丈夫だから、俺がどうにかするから。俺が勝手にやるだけだからお前は何にも心配しなくて……」
「ひっ」
小さく悲鳴が漏れた。箱川が顔を顰めて後ろを振り返る。その肩には大きくて、艶めかしくて、陶器のように白い肌に血の滲んだ擦り傷がある手が置かれていた。
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