▽不器用ですけど何か




合宿開始早々に異例の模擬戦が終わり、例年通り合宿の練習が始まった…

「…」

    え、私…どうすればいいの…?



        △▼△▼△▼




さすが強豪校…合宿って普通海とか山にあるボロい民泊に泊まるもんだと思ってたけど…施設が整ってるから学校で合宿をやるなんて…

「双葉さん」
「っ‼︎」
なにもやる事がなく、何すればいいのかも分からずボケーっとしてる私に声をかけてくれたのは高島さんだった

「試合お疲れ様、本当にすごかったわ…あなたにとっては入部して早々大変だったと思うけどね?」
綺麗で色気のある微笑む高島さんに私は苦笑いを返すしか出来ない…高島さん青道のスカウト担当というだけあって仕事が完璧で…昨日入部してホヤホヤの私が次の日合宿に参加してしかも野球部寮にマネージャーと一緒に泊まれるよう保護者に了承を得ていた…知らぬ間に…

「じゃあまずはマネージャーを紹介するわ、それから野球部内の施設の事、合宿の流れも…」
「…はい、お願いします…」

敵にしたくないタイプだ…






「私は3年の藤野 貴子、それでこっちの2人が2年の…」
「私は梅本 幸子!幸子先輩ってよんでね!」
「私は夏川 唯、よろしくね」

『さっきの試合すごかったねー』『私もあんなにホームラン打つ試合初めて見たわ』ときゃっきゃっしながら話す可愛い先輩方の歓迎ムードの空気に緊張してた心が安心する

「1年の双葉 千隼です、聞いてると思いますがマネージャー業がほとんど出来ないのでご迷惑をかけします…荷物持ちは出来ますのでよろしくお願いします」

マネ業が全く出来ないからいい印象を持たれないと思ったけど優しそうな先輩達でよかった
「こちらこそよろしくね双葉さん…

それと…あ、きたきた」
「?」

マネージャーとの挨拶が終わったと思ったら藤本先輩が指さす方向にはジャージを着た女の子が走ってこちらへ向かっている
「双葉さんと同じく1年の吉川 春乃よ…明るくて元気でいい子よ、だけど少しドジなところがあって…」
「…」
藤本先輩が注意した途端、走ってくる女の子が転けそうになった…つまずく場所なかったけどな…心配する先輩達に女の子は笑顔で返事する…

「…大丈夫?吉川さん…」
「うっうん‼︎大丈夫‼︎最初から恥ずかしい姿見せちゃった」
えへへ…と恥ずかしさを隠す笑顔はとても可愛いらしい、でもこんな大人数の部員に対してマネージャーは4人か…少ない

「同級生の子が入ってくれて本当に嬉しい‼︎私吉川春乃って言います!よろしくお願いします!」
「はい、双葉 千隼と申します よろしくお願いします」

マネージャー全員との自己紹介が終わり、特に吉川さんとは同じ年だし仲良くしていきたいな…
それから高島さんと野球部の施設を見て周り詳しい事を聞いていたらお昼の時間になってた


「…美味しい…」
なんと高島さんのおかげで土日の練習日にはお昼も寮の学食で食べて良いと言われた…コンビニ弁当じゃないご飯なんて久しぶりだ…美味しすぎる

ただ…見事に私の周りには誰にも座らない…でも遠くからはチラチラと目線を向けられるのが分かる…ハッキリ言って居心地は最悪

「あ、栄純」
「あー!試合終わってからどこ行ってたんだよ!千隼がいないから俺練習中だけど探したんだぞ‼︎」
「高島さんに施設内を案内してもらってたの!…永遠の別れじゃないんだから練習してなよ」
栄純が来て、当たり前に隣でご飯を食べだした栄純にホッとした…あー今日ほど栄純の図々しくて鈍感なのに救われた日はない

「この後の練習には参加してくれるのか⁉︎」
「残念、この後は野球部が練習してる姿を見るだけ…特に一軍を中心に観察しろって監督に言われた」
「ぐぬぬ〜やっと千隼と野球出来たのに〜またおわずけかぁ〜」
「なにそれ」
不思議…さっきまで居心地が悪かったこの場所が栄純と話すと気にしなくなった…


「いやー目立ってるねーお二人さん」
何故かすごく不愉快に感じる声が聞こえたので嫌な顔すると栄純も同じ顔してる
「何しに来た‼︎御幸一也‼︎千隼は渡さないぞ‼︎」
「なんで奪う前提で話するんだよ、後フルネールで呼ぶな!」
何故か敵対心ムキムキで私を庇う栄純を御幸はケラケラと楽しそうに笑って私の前の席に座った

「見事にここの席空いてるな、派手なデビューだったから」
「……、仕方ないじゃないですか…そっちが望んだ通りの結果を残したつもりですけど!

…それに私、器用じゃないんで…」

「(望んだ以上の結果だったけどな)
 …ん?なんでそこで器用の話がでてくるんだよ」
「…」

「千隼は細かい事が出来ないもんな!だっからいっつもホームランしか打てないんだよー」

『⁉︎』

注目浴びてる私にケラケラ笑う御幸に不満に感じた私は愚痴を言えば栄純までも楽しそうに私の唯一の弱点を勝手に言う
「ちょっと!栄純‼︎そんな事バラさないでよ‼︎」
「ワハハ‼︎」
怒る私に対して笑って聞いてないフリする栄純…笑い事で済ませる話じゃないんだから…

そう、笑い事どころか…周りをドン引きさせてる事に私はまったく気づかなかった…




        △▼△▼△▼




午後の練習が始まった

部員が多いから各自別々の練習をする中、一軍がバッティング練習してるのを私は見ていた…事前に高島さんから名簿は見たので誰が打ってるのかわかるけど…
「(…やっぱり一軍だから当たり前に皆打ててる…私が教える必要あるのかな…)」

特に部長で4番の結城先輩はいい音がしてる、時々何故かファールゾーンに飛ぶのはなんでだろ?

でっかい増子先輩も、声が大きい伊佐敷先輩も…フォームはきちんとしてるのに何故か打ちきれない場面が何度かある

「…なんでみんな打てないんだろ…」

ぽつりと溢れた言葉は誰に拾われる事なく自然へ溶けていく…でも自分の中の疑問は残り続ける…前から何度も思ってたことだ…何で自分には出来て他人には出来ないんだろうって…


「…打てない奴の気持ちが理解できないか?」
「っ⁉︎」
気配を感じなくて、隣から見透かされた言葉をかけられて驚いた…
「サポーターの3年の滝川・クリス・優だ、これから何かと一緒にいることになるだろう…先程、御幸から聞いた…本塁打しか打てないんだってな…」
「…」
お昼の時からそんなに時間は経ってないのにペラペラと周りに話すなんて…しかも栄純が尊敬してるとか言ってたクリス先輩にまで…


「一応聞いておくが、本当にそこにしか打てないのか?」
「…正直に話せば本当はどこにでも打てます…不器用な私でもバットコントロールはまだできる方ですから…でも狙った場所に打つよりも高く遠くに飛ばすほうが楽だったんです…」

「…楽、か…」
「はっきり言って私にとってはホームランを打つのは難しくないんです…塁に出て盗塁とかしたくないし、走りたくないし…そんな打ち方してたら栄純が勝手に勘違いして…まぁ、その方が点数もとれるのでそれでいいかな?って私も思うようになったって感じです…」

問われたから返事したけど…毎回こーゆー話をすると大抵の人はドン引きするか嫌われる…栄純みたいな希少なタイプもいるけど
「だから私が野球を教えるなんて無理だと思うんですけど…知識もないし…ほとんど感覚だけでやってきたんで…」
天才だと煽てられて人に教えてきた事は何度もあった…けど全部上手くいかなかった…正直この入部には不安しかない…

「確かに君の考えを理解できる者は少ないだろう…

だが青道野球部が強くなるためには確実に君の力が必要だと…ここにいる部員全員が思っているはずた」

「…そうですか…ね…」

でも…もしそれで期待に応えることが出来なかったら…この人達はどう思うんだろう…勝手に失望されるのは…

         迷惑だし…私がイヤだ…



「…思ったんだが…あいつらを楽に打たせてやるなら、どうすればいいと思う?」
「…え?」
想像もつかなかった質問をクリス先輩からされて私は理解するのに少し時間がかかった
「例えば…今も打ち続けてる1番声が出てる…」
「伊佐敷先輩ですか?」
「……部員の名前、覚えているのか?」
「…高島さんから名簿をもらったので…ある程度は覚えました…」
まさか全部覚えたなんて言えない…これ以上ドン引きされるのイヤだし…でもこの人御幸と同じで感が鋭そう

「…そうか…では、いま純が打ち上げてしまった時どうすれば楽にあの球は外まで飛ぶと思う?」

「……あれは…たぶん…腰が…」
クリス先輩に言われた通り自分ならどうやって楽に打つか想像する…あんまりスポーツをする時イメージしないで感覚を頼りにするから難しかったが…少しずつ自分の中で出来上がった伊佐敷先輩の完璧なフォームのイメージをクリス先輩に伝える




「…どうですか…?何か参考になりますかね?」
「……あぁ、君が指摘した部分は純も気にしていた、後で改良策を伝えておこう」
「あ、はい…」
ドキドキして返事を待ってたのにクリス先輩はあまりにもあっさりとした返しに安心するよりも益々不安が押し寄せる

「あっ…あの本当に大丈夫ですか?私が指摘した部分先輩達もわかってたんですよね?…それなら私別に入部する必要は…」
「…いや、気にしていたと言ったが全部ではない…俺達でも気づかなかった些細な事まで指摘してくれ、それに改良策まで考えてくれた…」

不安がる私にクリス先輩は真っ直ぐに真実を話してくれた…

「俺達には君の力が必要だ…どうかその力を俺達に使ってはもらえないか…」

気味悪がられるわけでもなく失望されてもない…クリス先輩の、その表情や瞳を見ればその言葉が嘘ではないと分かる…

「…栄純が尊敬するのも理解できますね…クリス先輩って呼んでいいですか?」
「あぁ…今日からよろしく頼む…双葉」

         「…はい」


少しだけこの野球部で私自身もこれまでとは違う何かが手に入る気がした…


    「…よろしくお願いします…」