06 >> 歪曲した奇跡に委ねる [1/2]
突如現れた“神サマ”と名乗る者は、全身を白で着飾り、ほとんど肌の見えないガードの堅い男だった。
女装をすれば確実にヒロインポジションを輝きそうな整った顔立ちを隠すようにフードを被っている。その中からこちらを覗く紅の瞳は切れ長で美しい。
ひとつひとつ何かを確かめるように玲魅、元親、慶次、政宗、佐助、そして歌淋の顔を見る。
「いや、こんなやつよりも、この子がーーって、え?」
我に返った慶次が歌淋を見下ろして、目を丸くした。
玲魅もはっとして、その方を見る。
「歌淋……?」
先程まで生死をさ迷っていたはずの歌淋は、まるで何事もなかったかのようにすうすうと心地よさそうな寝息を立てていた。ただし、血の海に寝転んでいるのは相変わらずだが。
元親が何かを確かめるように歌淋の体を起こして、そして絶句した。
「嘘、だろ。こんな、奇跡みてーな……」
その驚嘆とも感嘆ともとれるような声を漏らす彼に、皆心中で賛同したことだろう。腹にぶっすりと刺さって、その命を奪い取ろうとしていたクナイが跡形もなく消え去っていたのである。
玲魅は思わず腰が抜けたようにその場に座り込んで、よかった、と小さく何度も繰り返した。
すると、神サマがくすくすと笑い始めた。まるで余興を楽しむかのように無邪気に。
「神サマとか言ったか。アンタがこの女を助けたってのか」
政宗の探るような、確信にも似た問いかけにも、神サマは笑うのをやめない。
「まったく、まさかこのオレが、二度も人間サマの命を救うことになるなんて、運命は悪戯好きだよね」
「つまり、アンタはそっちの女どもの味方ってわけ?」
静かに殺気立つ佐助を認めて、ようやく神サマは笑うのをやめ、深いため息をついた。
殺気が――増す。
どんどん重くなっていく空気にも、玲魅は目の前の歌淋の無事に気をとられて、全く気づいていなかった。
「残念ながらハズレ。彼女を助けたのは、君たちを送り込んでしまったオレのせいで生を奪われかけたから。ただでさえ時空が歪んでしまっているのに、別世界からやってきた君たちがこっちの世界の人間サマを殺したら、オレ責任とらなきゃいけないし」
神サマは淡々と語りながら、佐助や政宗のいる居間の方へと歩みを進める。
廊下から居間へと続く扉を越えた瞬間、神サマの“気”が増した。
いわゆる、我がもとにくだれ、という絶対的な存在を表す、支配者のオーラだ。織田信長が持つ圧倒的な脅威に似て非なるそれを、武将たちはしっかりと感じ取っていた。
「俺たちを送り込んだってのは、どういう意味だ?」
「オレは時空を統べる神サマ、名は鈴凜。けれども最近どうやら膨大な時空の歪みが存在してるらしくて、それを修復しようとしてたんだけど……あぁ、簡単に言えば、オレの時空調整に巻き込まれたんだよ、君たちは」
元親の問いに、謝罪も、申し訳なさも一切ない、ただ淡々と事実を告げる神サマーー鈴凜に、眼光を鋭くしたのはやはり佐助だった。
密かに武器を構えようとしている佐助を、鈴凜はただ一瞥する。それだけで人間が畏縮することを知っているかのように、ただその紅の瞳に佐助を映した。
「ぐっ…」
「いい子だね」
ガツンと体に重くのしかかる圧力に悔しさの歯をくいしばって動かない佐助に、神サマはすっかり気を良くしたのか楽しげに口元を緩ませた。
「あんたの言う通り、ここが別の世界だとしたら、向こうの、俺たちの世界の人たちは、どうなってるんだ?」
慶次の切羽詰まったような声に、鈴凜は大丈夫と笑う。
「君たちがこっちに来た瞬間に世界を凍結しておいた。だから、君の友達はまだ大丈夫だ」
「っ!?」
「君の熱いご主人様たちも、君の右目も、君の大事な海賊たちだって無事だよ。何も気にすることはない。君たちが帰るまで、彼らは止まった時の中にいるのだから」
一人ずつ顔を見ながら、元の世界の現状を伝える鈴凛の声音は、先ほどまでと比べるとひどく優しいものだった。
「ただひとつの挙動も、思考も、何も許されない。いや、そもそも止まっていることすら彼らは認知していない。世界が凍結されているんだ、当然だろう? だから君たちがこちらの世界に来てしまったことも彼らは知る由もない」
「OK, もういい。つまりアンタは、俺たちにこの世界で暮らせって言いてぇんだろ」
独眼竜の吐き捨てるような返事に、鈴凛は意外そうに目を丸くしてにこりと笑んだ。
「理解が早くて助かるよ」
未だ眠り続ける歌淋と、その体を抱きかかえながら呆然と武将と神の攻防を見つめる玲魅の方をちらりと見た鈴凛は、うんと頷いた。
「あと君たちが知りたいのは帰る方法かな。はっきり言うけど、まだ分からないんだ。なんたって修復途中だからね」
鈴凛は立ち尽くす武将の間をひょいひょいと通り抜けて、テーブルに置かれたままのゲームソフト「戦国BASARA2」を手に取った。
「あっそれ、俺が気になってたやつ……!!」
慶次が声を上げるも、鈴凛は無反応で、ソフトを玲魅に見えるように掲げた。
「そこの女の子、これを本体に挿入してくれない?」
「えっ、あ……でも」
「そんなに怯えなくても大丈夫だって。ね?」
有無を言わさぬ瞳でじろりと見られたら、玲魅は動かざるをえなかった。
歌淋を再び床に寝かせ、ゆっくりと居間へと足を踏み入れる。武将たちは何が行われるのか、警戒しながら玲魅の行く先を見守るしかなかった。
鈴凛からゲームソフトを受け取り、テレビ台の棚に収納してあるPS2の電源を入れる。ゲーム機にソフトを挿入して、テレビをつけると――
「ザ――――――ざ、ざザ――ザ――――ザざ――――」
ゲームの起動音なんて生易しいものではなく、無機質で狂ったような、様々な周波数の音が混在してまるで悲鳴のような音が部屋中に響き渡る。玲魅は慌ててテレビのリモコンで音量を下げようとするが、どれだけ下げても音量は全く変わらない。
「どうして!? なに、これ……っ」
玲魅は何度もリモコンをがちゃがちゃと操作し、しまいにはテレビの電源を切ったが何も変化はない。
「何だってんだ!?」
「It's too noisy!」
武将たちは突然知らない絡繰から鳴り響いた耳をつんざく不快な音に、思わず声をあげたり、困惑と驚嘆と不快を入り混ぜたような、苦い顔をしたりと、不快感を露にした。
耐えきれなくなった玲魅は、PS2の電源をコンセントごと引っこ抜いた。すると、あれだけ泣き叫んでいたゲーム機がぴたりと静けさを取り戻した。荒く息を吐きながら、ぺたりと座り込む玲魅。
そんな人間たちの反応を尻目に、鈴凛は無感情にその音の正体を明かした。
「あれが、時空の歪みの音だよ」
「なんだって……!?」
慶次の驚愕する様子を見てから、神サマはやれやれというように肩をすくめた。
「君たちが元の世界に帰る方法がわかったら教えるよ、必ず。オレもこの音をずっと聞くのは嫌だからね」
にこりと笑う鈴凛は神というより、悪魔という方がしっくりくるような笑みを浮かべて言った。
先ほどまで武将たちが描かれていたゲームのパッケージは、きれいさっぱり真っ白に消え去っていた。