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>> 真っ赤な目  [2/5]

・死ネタです





夕焼け、と称される時間帯の事だ。
俺の市中見回りは昼までだった上、それからは特に何も仕事がない。しかも鍛錬場である中庭は平助らに占拠されている始末。副長も部屋に籠もられている今、俺は暇人であった。折角だからまったり過ごそうと部屋に転んでみるが、すぐに厭きてしまう。どうしようかと座り込んでいると、襖の外より人の気配を感じた。


「お気づきになられているのでしょう」


聞き覚えのある低めの女の声だった。嗚呼と応えると、失礼します、と襖が開いた。礼儀など関係なくずかずかと部屋に入り込む。それが彼女らしいと言えばそうなのだが、副長が聞いたら有り難い説教が始まるに違いない。
俺の眼前まで辿り着くと、その場でさっと身を屈め跪いた。目上に対する彼女の最大の敬意である(らしい)。


「何かあったのか」
「副長がお呼びです」


そうか、と短く返事をすれば、其奴はにこりと笑って僅かに頭を下げ、跪いていた足をすっと伸ばして此方です、と案内された。平静を装ってその後ろをついて行くが、俺は心臓の高鳴りが治まらない。
最近、此奴を見ると心音が煩くて仕方ない。何故かは分からない、理解し難い感情が俺を揺さぶるのだ。
三木ひより、男装をしてまで新選組に入ってきた変わった女だ。総司より深めの茶髪は、副長よりも長くて刀を振るう度にばさりと揺れる。瞳は赤く、光が射すと煌めきを覚えていた。
その姿が美しいと思った。



――それが、どうして


「斎藤組長」


夜の月を背景に俺の名を呼ぶ眼前の彼女は、あの長い髪を真っ白にし、刀の切っ先を此方に向けて薄く笑っている。周りは皆赤に塗れ、それと同じ色の眼は、光を受け付けない程の闇に呑まれていた。


「……ひより」


縋るように名を呼んだ。それでも彼女は身じろぎもしない。殺戮鬼になってしまった彼女はもう、戻れない。


「羅刹を、私を、殺すんでしょう?」


実験台に羅刹となってしまった彼女が苦しげに発したのは、今朝聞いたばかりの副長命令だった。機密情報が周囲に露見するのを防ぐ為に、これ以上被害を増やさない為に、羅刹が暴走を始めたら即座に殺せと言われていた。副長とて苦渋の決断だっただろう、仲間を斬れと言うのだから。その決断を俺の勝手で滅茶苦茶にしてはいけない。


「ああ、お前を斬る」


刀に手を掛けて宣言する俺に、血に狂った羅刹としては稀である、理性を残した彼女は、自らが起こした惨劇に涙を浮かべながら笑った。


「組長との、最初で最期の、一騎討ちですか」


――夢みたいですね。

そう、夢であれば良かったのに。


「さよなら、一さん」


不意に名を呼ばれて困惑していると、眼前から血が迸った。顔や服に飛び散った血を眺め、ぷんと香ったのは血に塗れても尚消えない彼女の匂いで。


「ひより…?」


涙を流す彼女に手を伸ばす。届きそうで届かない距離に苛立ちを覚えていれば、鈍い音が響いた。はっと我に返れば、目の前から彼女は消えていて、その胸にはぶっすりと彼女の愛刀が刺さっていた。ほんの僅かな理性で自刃を成し遂げたひよりは、一筋の涙を遺して灰に変わって行く。


「……すまない、ひより」


好きだ。

秘められた想いを告げた時にはもう、燃え尽きた灰が山のように積み上がっているだけだった。



真っ赤な目
(もうあの美しい眼を)(視る事は叶わない)


2011/10/13
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当初は羅刹化する夢主を一くんが止めて…っていう話でした。

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