授業をする担任の声が聞こえる。板書をしていく銀髪天パの後ろ姿を確認してから、ひよりは隣の席を見遣った。
ひよりの席は二番目に窓に近い列の一番後ろ。くじ引きでたまたまこの席に当たり、ついてると上機嫌だったのだが、隣の席を見た途端、それは敗北感に変わった。ひよりを敗北の色に染めた犯人の手持ち無沙汰な両手は、配られたプリントの端を持って器用にくるくると丸めている。世界その物に失望したような翡翠色の隻眼は、揺らぐ事なく虚空を見つめ、吐き出される息は何やら寂しげに見えた。
そんな毎日を繰り返して繰り返して。
気付いたら私の好きな人になっていた。
「ほら高杉、起きろ」
揺すぶられ、不機嫌そうに顔を上げた彼は、寝ぼけ眼で空気を見つめる。それから怠そうに俯いて小さく欠伸を零した。
傍に居た白衣がさらりと舞って、黒板へと近付く。教卓に右手を添えて、左手の教科書を見遣ってから、彼は溜め息を漏らす。
「次、お前が読む番だぞ、高杉」
そんな銀八の意地悪な声が届いた。高杉は俯いたまま動かない。また寝たのかと銀八が諦めかけた時、彼の体が僅かに蠢いた。
「……どこ」
寝起き特有の掠れた声が聞こえた。私の耳はそれを聞き逃さなかったが、言葉の意味が汲み取れない。
「え……?」
身を乗り出して小さな声で聞き返すと、彼は頭を起こして、目を数回瞬かせてから私の教科書を指差し、僅かに傾いた首をそのままに問い掛けた。
「次、どこ読めって?」
心地よい周波数は、囁くように私の耳をくすぐった。たったこの一言だけに高鳴る鼓動は、私が彼の虜になった証で、羞恥に身体が染まる。
「ここ、だよ。百七ページの八行目」
声が上擦った。失敗だと肩を落とし掛けて、ふわりと頭に熱を感じる。何だと顔を上げて、彼の手が私の髪に触れていると気づいた。熱が忙しなく体内を駆け、夏でもないのに熱くなる。
「ありがとな」
刹那、小さく笑った彼はとても綺麗だった。
雲の上
(でも少し近付けた)
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2012/02/18