かたん、と硯に筆を置き書状をまとめるとふぅ、と思わず溜め息が出た。一日中座って山積みの書簡と対峙していれば、冷徹非道と名高い官兵衛と云えども、表情に疲労が色濃く出てしまうのも無理はない。
(…………)
ちら、と見やるは自室を隔てる障子。傾き始めて幾許か蜂蜜色を帯びた陽光が、ぼんやりと人の形の影を作っている。仕事の邪魔にはならなかったが、その確かな存在感は、官兵衛の意識の片隅にずっと―少なくとも昼過ぎからあった。
(全く…なかなか気配が消えぬと思えば)
また一つ、先程のものとは意味合いの違う溜め息を吐いてから、官兵衛は立ち上がり部屋の入り口に向かった。す、と音も無く障子が開かれる。直接目に届く日光の眩しさに一旦目を細めた官兵衛は、足下近くの塊に視線を落とした。
(寝ている…とはな)
其処には、娘―紫苑が寝息を立てながら心地良さげに寝ていた。その気の抜ける様子に、官兵衛は呆れの混じった本日三度目の溜め息を吐く。
(物好きな…)
障子をきちんと閉めてから、紫苑をもう一度観察する。傍らに、冷めきった茶と菓子の乗ったお盆。その上に「お疲れ様です」と繊細な手の紙片。差し入れにと持ってきたは良いが、入るに入れず待ちくたびれ…寝てしまった、というのが大体の真相だろう。
(…………、)
紫苑の寝顔と盆を眺め、官兵衛は小さく溜め息を吐く。四度目の其れは何処か穏やかな、彼には少し似つかわしくないものかもしれなかった。
僕と君との間にあるもの
優しい思い遣り広がる、
(紫苑が起きると既に官兵衛の姿は無く、)
(ただ、空になった湯呑みと皿の載った盆の上に、)
(『疲れてはいない。だが、礼は言っておく』)
(…と、堅いが流麗な手の紙片が、あった)
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ヒロインと官兵衛殿の会話が全く無いですね(笑)でも、こういう雰囲気の話も結構好きです^^
title thanks:泣き虫ヒーロー
2010/06/10
天倉