執務をあらかた終えた官兵衛が、気晴らしに屋敷内をぶらりと歩いていたときだった。いつも軍議を行う座敷が俄かに騒がしい。その喧噪に、紫苑の声が聞こえた気がして、官兵衛はふむ、と逡巡してからふらりと其処へ足を向けた。
「紫苑殿」
「…あ、官兵衛殿。こんにちは」
「この騒ぎは一体…?」
「秀吉父様が、私に着物を仕立てて下さると仰って…」
困ったように笑う紫苑と、色とりどりの反物を手にあれやこれやと騒ぐ秀吉とねね、子飼いの武将ら、半兵衛の姿に、嗚呼そうかと官兵衛は状況を理解した。遠慮して断ろうにも、周囲が盛り上がってしまっていて、紫苑にはどうすることも出来なくなってしまったのだろう。
「贈り物とは、相手を慮ってするものなのだが」
「あはは…気持ちは有り難いし嬉しいのですし…何よりみんなが楽しそうだから良いかなぁと」
「全く…紫苑殿のお人好しには頭が下がる」
「うぅ…官兵衛殿、意地悪です」
「意地が悪いとは聞き捨てなら…」
「あれ、官兵衛殿じゃん!」
今まで二人は蚊帳の外であったのだが、ふと顔を上げた半兵衛が大きく声を上げた。漸く官兵衛に気付いたらしい面々の反応は、ほぼ友好的なものと敵対的なものの二つに分かれた。
「おぉ、官兵衛!良いところに来たのう!お前さんの助言も聞かせてくれ!」
「秀吉様、こんな人の心の無い奴の言なんかあてになりません」
「そうだぜ叔父貴ぃ!!紫苑の可愛さが台無しになっちまう!」
「こら!清正も正則も人の悪口言わないの!」
「でもこれではいくら論じても決まりませんよ。時間の無駄です」
「…と、言う訳でー、官兵衛殿も強制参加ね!」
「……」
結局巻き込まれてしまった為に眉間の皺が増えた官兵衛だったが、おろおろとしている紫苑を見て、仕方なく下座の片隅に腰を下ろした。その隣に紫苑もちょこんと座る。畳の上に広げられた反物は、色も模様や柄も布の種類も様々であった。随分意気込んで集められたものだ、と官兵衛が感心とも呆れともつかぬ溜息を吐いたのを皮切りに、各々が薦める反物合戦が始まった。
「やっぱり紫苑は女の子なんだし、可愛いのが良いと思うんだよ」
「ねねの見立ては流石じゃな!これとかも良いと思うんじゃが…」
「叔父貴、おねね様、これも良いんじゃねぇかぁ?」
「すごいよお前さま、正則!きっと可愛いよ、紫苑!」
「え、えっと…」
「…少々、幼稚な柄に思えますが」
ねねと秀吉、正則が手に取ったのは、それぞれ桃色の地に大小の花々が散りばめられたもので、確かに愛らしくはあるのだが、上品とは言いがたい。紫苑は確かに言動や行動が幼くもあるが、二十歳も間近の娘であるから、そこまで幼すぎるものでは困るだろう。官兵衛は紫苑の表情から、きぱりと却下した。
「ならば、これはどうだ、紫苑?」
「紫苑、そんなものよりこれにしろ」
「…お前の趣向は理解しがたいな」
「ふん。この生地の良さ、馬鹿には分かるまい」
「何だと…!」
「もー、喧嘩は止めてよね、紫苑殿が困るでしょ?…って事で、これなんかどう?」
清正、三成、半兵衛が薦めてくるのは、萌葱に緋色、浅葱…となかなか色味は良いのだが、その意図するところに気付いた官兵衛はむすりと顔をしかめた。半兵衛などはわざとであろう。官兵衛が軽く睨めば、知らぬ顔の半兵衛は怖い顔してるよーとはぐらかすように笑った。
「どれも綺麗な色ですねぇ」
「でっしょー?紫苑殿はどれが好き?」
「うーんと……」
「半兵衛、無理にその三つから選ばせずとも良いだろう」
「貴様は黙っていろ。決めるのは紫苑だ」
「そうだそうだ!」
「…ほう、ならば私は失礼するとしようか」
「えっ、あっ、官兵衛殿…!」
清正や正則のむきだしの敵意を躱すのも煩わしくなった官兵衛は、すっと立ち上がった。そのまま立ち去ろうと思ったのだが、紫苑が裾をきゅ、と掴み、泣きそうな程の表情で見上げてくるものだから、苦虫を噛み潰したかの如く顔が歪んだ。私にどうしろというのだ。
「官兵衛殿は、どれが良いと思われますか…?」
「ふむ。…それならば、」
先程から目をつけていた反物をすっと手に取るとゆっくり広げた。藤色から紫苑へと柔らかく色を変えている麻の地に、控えめながらも華やかな白牡丹の花がぽつぽつとある。着物に仕立てたそれを紫苑が着た姿を想像するに、官兵衛としては一番似合うものだと思った。彼女には、豪奢なものは荷が重いだろうし、これから暑くなることを鑑みれば、麻の方が過ごしやすい筈だ。
「紫苑殿の好みに合えば良いのだが」
「わぁ、素敵です…!」
「いつも着ているものから察するに、紫系統が多いように思えた。私も好ましいと思っているし、これが一番紫苑殿の魅力を引き立てる筈だ」
「本当ですか!」
「何度も言うが。紫苑殿に嘘を吐く理由は、」
「無いんでしたよね。ふふ、嬉しいです」
困りきっていた筈の紫苑に笑顔が戻り、大変嬉しそうに官兵衛から渡されたその反物を抱きしめている。そんな仲睦まじい限りの二人を見た秀吉は、「勝負あり、じゃな」とどこか嬉しそうに破顔したのだった。
どれだけ素直になれるかが勝敗の決め手
着せたいより、着て欲しい、と
(くそ、何だって紫苑はアイツなんかと…!)
(何故だ…!絶対こっちの方が似合うぞ、紫苑…!)
(清正、三成、紫苑が好きだっていうものを着せてあげよう?)
(叔父貴、どうせなら全部仕立てちまおうぜ!)
(それも妙案じゃな!そうと決まれば仕立て屋を呼ぶんじゃ!)
(そんなに着物があっても困ります、秀吉父様…!)
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どたばたヒロイン溺愛豊臣軍を書きたくて。左近がいないのはご愛敬。
そんな感じの着物を着せたヒロインと豊臣軍を誰か絵にしてくれませんk(ry)…いつか自分で描き殴ろうと思います。
しかし官兵衛殿がヒロインにとことん弱くてびっくり。下らぬ情では…?とか思うけど夢なので許して下さいな。
title thanks:泣き虫ヒーロー
2011.05.01
天倉