04:あいつ

晩御飯を済ませて銭湯に行くまでの間、二階の僕らの部屋で各々好き勝手過ごしていると、襖の奥からなまえの声が聞こえてきた。

「もしもし、六つ子さんはいらっしゃいますか」
「んー」
「全員いるよー!」
「姉さんどうかしたー?」
「あの大変恐縮なのですが、どなたかゴキブリ得意な方一名いらしていただけないでしょうか」
「うぇ、出たの」
「え〜やだ〜!兄さん達誰か行ってきてよー!」
「んじゃ、チョロ松よろしく〜」
「フッ……適任だな」
「いやどこが!?僕ゴキブリ得意になった覚えないんだけど!?」
「今、お前が襖から一番近い」
「なんっじゃそりゃ!単に自分が行くのが面倒臭かっただけでしょ!」
「チョロ松にーさん、僕が行こうか?」
「ありがとう十四松。まあでもいいよ、僕が行ってくる。それでなまえ、どこにゴキブリ出たってー……」

開いた襖を、反射的に閉めた。え?え?え???何今の?僕の目がおかしくなければ髪の毛びっちゃびちゃでタオル一枚しか身に付けてないなまえが立ってたんだけど?

「ん?どったのチョロ松?」
「チョロ松にーさん?」

いやいやいやないないない。いくらなまえが鈍感無自覚クソ思わせ振り長女だとしても、さすがにこんなクソ童貞の巣にタオル一枚なんてクソな装備で来る訳がない。そんなの、腹をすかせた熊の前に生肉ぶら下げて飛び出すようなもんだよ。死を意味するよ。ああ、分かった。これは多分、僕の見間違いだな。最近バイトの求人広告見すぎたから、きっと目が疲れてるんだ。今のはそう、僕の願望が産み出した幻覚だ。うんうん。そうに違いない。

「いやーごめんごめん、手がすべっちゃった。今度はちゃんと開けるから……」
「ちょ、チョロ松……お願いだから早くこっちに来て、そこ閉めて」

いるーーーーーーやっぱりタオル一枚のなまえがいるーーーーーー!!!何でそんな格好で来ちゃうの!?童貞のこと何もわかってないの!?ざっけんなよクソ長女!ケツ毛燃えるわ!!!

「ねえ、チョロ松ってば、ねぇ」
「?……え゛っ」
「あっ!?」
「ちょ!なまえ姉さん何その格好!」
「んー?……は?」
「し、シスター……!それは少々刺激的すぎやしないか……?」
「〜〜っ……もー!だから一人だけ来てもらおうと思ったのに、チョロ松のばか!」
「……姉さん、もしかしてゴキブリが出たのって脱衣場だったりする?」
「する……お風呂出て体拭いてる時に気づいてそのまま飛び出してきちゃった……」
「んでお前はいつまでそこに突っ立ってんだよシコ松」
「ひょわっ!」

後ろにひっぱられ尻餅をついてようやく気がついた。あぶねえ……!完全に意識飛んでた……!

「あ、ありがとうおそ松兄さん。危うく死因がなまえになるところだった……」
「どういう意味!?死人が出るほどグロいって言いたいの!?」

いやそういう意味じゃないけど訂正できない。だって、格好がエロすぎて童貞には致死量なんですとか、なまえのこと意識してますって宣言するようなもんじゃん。そんなこと言えるわけない。

「いやなまえの格好がエロいからに決まってんだろ。童貞には致死量のエロさなの。ったくデリカシーねぇなあ、長女様は」
「デリカシーがねえのはてめーだよおおお!!」
「えっ、何でチョロ松が怒るの?」

ほんっと信じらんない!何で言っちゃうの!?なまえのこと意識してるってバレるじゃん!普段からエロい目で見てることバレるじゃん!!最低!クズ!死ね!!

「ちょっ……も、もう……ごめんて……お願いだから誰か始末してきてよ……私だって早く服着たいんだから……」
「わー待ってそんな格好で顔赤らめたりしたら……!」
「ぐはっ」
「ぐふぅっ」
「わあああカラ松兄さん!一松兄さん!!」
「言わんこっちゃない!近距離で食らった次男と四男が死んだよ!」
「落ち着けチョロ松、あいつらの死に顔を見てみろ」
「ええ……?」
「ほら……満ち足りた表情をしてやがる」
「だから何!?」
「なまえ姉さん、お願いだから先に服着て……!」
「だから着れないんだって!脱衣場に寝間着も下着も置いてきちゃったの!着れたら私だってこんな格好してないよ!」
「わーー!今度は涙目攻撃……!」
「げふぅっ」
「ボエバッ」
「あああ!直撃を食らった末弟と何故か巻き込み事故で五男が逝った!」
「まてチョロ松!あれを見ろ!」
「今度は何!?」
「十四松の奴……アッチの意味でも逝ってね?」
「もう黙っててくんないかなあ!?」
「ねえ、チョロ松が無理ならおそ松でいいからさ!早くやっつけて来てよ!」
「お、俺!?」
「そう!早く行って!」

〜おそ松童貞ビジョン〜
「おそ松……もう限界……っ!早く、イッてよぉ……!」
※ご覧の映像は実物とは異なる場合があります。

「ぶはあっ」
「いやおそ松兄さんのは何で!?」
「もー!皆何なの!?ふざけてないで早く倒してきてよー!」

まずいまずいまずい!!!残るは僕ただ一人……!ど、どうする……!?どうすれば……!?僕もさっき至近距離で攻撃を食らっているから、迂闊に近づけないぞ……!このままでは、六つ子の死因が揃って「長女がエロすぎることによる憤死」になってしまう……!そうなれば父さんと母さんは一生笑い者だ。なまえも心に深い傷を負うだろう。それだけはなんとしても避けねば……!

「チョロ松う……」
「う、ぐぅっ……!」

薄目で見てもこの威力……!軽くあばらが二、三本いった気がする……!くそ……!このままじゃ僕も、皆のように……!一体どうしたらいいんだ……!

「ちょっと、なまえ。あんたなんて格好でいるのよ」
「母さん……!違うの、脱衣場にゴキブリが出て、着替えが取れなくなっちゃったの!」
「それじゃあ自分の部屋から別の服を出せばいいじゃない」
「え」
「え?」

……。
……。
…………た、たしかに……!!!何でその発想に至らなかったんだろう!?なまえのエロさで完全に正常な思考が停止していた!!

「あんたも変なところ抜けてるんだから。ニート達も、この子に服貸してあげるくらいのことしなさいよ。まったく気が利かないんだから……」

そう言い残して去っていく母さんの背中を、ぼくとなまえが見送る。なまえはくるりとこちらを向くと、深々と頭を下げた。

「自室で着替えてきます。大変お騒がせしました。ゴキブリ処理よろしくお願いします」
「あ、はい。承りました」
スー、パタン。