一番安易なボーダーであれば年齢。法の定める最も一般的な定義を据えるのならば間違いなくそこだ。しかし、残念なら熟成と年数は決してイコールで結ばれることはない。だから、どんなに一般的であってもそのボーダーは絶対的正しさの中にはない。ならば、その定義は個人の考えるところに依存しきってしまうのもまた道理と言うものだろう。
「それで、貴方の定義は?」
「まあそう急かさないで。きちんと、一からお話ししますから」
言えば対面に座る彼は、ゆっくりと口をつぐみ、丁寧な手付きでカップを持ち上げ、話を聞く姿勢を取った。薄らと持ち上げられた双眸は、私の言葉を促す様にこちらを向く。
「でも、アザミさん。先に、貴方の定義を教えて頂けませんか。私ばかり話しては、少々退屈でしょう?」
「そんな事はありませんが」
「そう言ってもらえるのは光栄です。でも、偶にはいいでしょう? 私も貴方の考え方を善く理解したいんですよ」
いけませんか、と言葉を繋げる。この言葉は彼によく響く事を知っているからだ。冷静沈着で表情の変化が鈍い。客観的に見て非常に淡白。それが過半数の人間が彼を見る時の目の色だ。然し彼は情に篤い。そうでなくては、私のこんな我侭な意見を簡単に承諾することもない筈なのだから。
「私は余り他人の精神が成熟しているかどうかは問わない方ですが」
「承知していますよ。でも、と言う事は、大人と成熟状況は紐づくんですね」
「そこは否定しません。…そうですね。自他の問題を自発的に解決できる人、でしょうか」
「成程。それは興味深い。……では、他社の力を借りて協力を得ることはどうですか」
「それも必要だと思っています。必要な時に必要な人間に助力を得る力も社会では必要です」
「アザミさんは、社会で問題が無く生きていける人間が、大人であると?」
「いえ、それも些か早計かと」
また思案する動作をとる。擬音が見えるのであればうんうんと、音を鳴らしているに違いない様子だった。
「成程。分かってはいましたが、矢張り簡単に紐解けるような価値観ではありませんでしたね」
「そうでしょうか」
「ええ、そうです。抑々、人の価値観を一言で表せるとは私も思っていませんけど」
「ああ、でも…そうですね。端的に表すのであれば、思考と行動を繰り返し試行出来る事が条件下も知れませんね」
「ああ、それは一理あるかもしれませんね。失敗があっても糧にできる、と?」
「詰まる所は仰る通りです」
与えられた内容をよくよく咀嚼する。分かり切っていたと謂うほどでもなく、実に彼らしい価値観というのが、率直な感想だ。期待を裏切らず、そして表面上だけでは理解しえない内側の部分とも言えるかもしれない。
僅かに情報に目線を遣る私を見て、「少し期待外れな印象を与えたかもしれない」と認識したらしい彼は、短く「ああ」と感嘆を吐いた。視線を戻せば、僅かに楽し気な視線と目が合った。
「もう少し俗物的な考え方もありますよ」
「へえ、と言うと」
「愛と恋の区別がつくかどうか、ですね」
「成程それは。…中々興味深いですね。まさか、貴方の口からそんな言葉が出るとは、思わなかった。……それで、貴方はその区別をどうつけるんですか?」
「試してみましょうか」
この人は存外こういう処がある。平静も真面目さからは少し浮いたような、相応に悪戯好きの様な。それでいて其処に悪意はなく、此方を試すような素振りだ。それでも彼がこんな言葉を発したと思うと、それを投げかけられた私も勿論愉快でならない筈はなく、自然と口角は持ち上がる。屹度彼も予想していたであろう言葉を与える。
「ええ勿論喜んで。是非教えてくださいね」