この世でいちばん

 今年のバレンタインはわたしにとって特別だ。
 なぜって、わたしたちが付き合い始めて初めて迎えるイベントだ。それだけに、プレゼントをどうしようか、心の底から悩んでしまう。だってわたしの彼は、誰もがよく知るスーパースター、伝説のヒーロー、オールマイトなのだから。

 とあるアイテムの開発で財産を失ったなんて話も聞いたことがあるけれど、それも一時的なことだったらしい。今年も某ハイブランドのアンバサダー契約を更新したと言っていたし、俊典さんの財力であれば、正直なんでも買えるだろう。

 デパートのバレンタインギフトコーナーでいろいろ眺めてみたけれど、めぼしいものは見つからなかった。かといって、せっかくのバレンタインに何もしないという選択肢はない。チョコレートだけというのも味気ない――気がする。

「そういえば、最近お肌がかさつくって言ってたな」

 ぽつりと声が洩れ落ちる。
 乾燥に効くのはやはりワセリンだ。黄色ワセリンや白色ワセリンよりも、伸びのいいベビーワセリンなんてどうだろう、と思いかけ、いやいやそれではあまりに色気がないな、と思い直した。

***

「ハッピーバレンタイン!」

 そう言いながら、俊典さんの家のリビングで、チョコレートとプレゼントを手渡した。

「ありがとう」

 と、俊典さんが静かに笑う。
 俊典さんの家にお呼ばれするのは初めてだ。広めのリビングには、大きなモニターと北欧系のテーブルセット。上質そうなソファには、ふかふかのクッションがいくつも置かれていた。部屋の角には間接照明。点されたあたたかな光は、やわらかな雰囲気を醸し出している。

 想像していた以上に素敵なお部屋だな、とひそかに思った。綺麗に手入れをされていて、落ち着いた調度品に囲まれているこの部屋は、大人っぽい雰囲気も相まって持ち主とよく似ていると。
 それに、初めて迎えるバレンタインに、外ではなく自宅で会おうというあたり、大人の余裕というか自信というか、そういうものを感じてしまう。

「なまえ、開けてもいい?」
「もちろん」

 ありがとう、と朗らかに笑んで、俊典さんがリボンをほどく。中から出てきたのは、まん丸かわいいチョコレートと、それによく似たデザインのボックスだ。

「わー、どっちもまんまるでかわいいね」
「そうなの、わたしもかわいいなって思って。でも俊典さんが持ってるほうはチョコじゃなくてバスボールだから」
「うん」
「蜂蜜オイルが配合されてて、香りも甘いんだけど、間違って食べたりしないでね」
「うん」
「これね、保湿剤も配合されてて、湯上がりにとてもしっとりするんだって」

 うんうん、と俊典さんがにこにこしながらちいさくうなずく。
 俊典さんはずっと年上で、すごくかっこいい大人の男の人なのに、こうしたちょっとした仕草がとてもかわいい。

「あのさ」

 バスボールを持ったままの俊典さんが立ちあがり、わたしの隣に来て、なぜかソファではなく床の上に腰掛けた。

「なまえ……さっそくだけど、今夜、これ試してみない?」
「エッ?」
「お風呂で一緒にさ。……だめかい?」

 と、大きな身体をちいさく丸めてこちらを見上げる青い瞳。死にそうなくらいかわいい上目遣いとは、まさにこのこと。

「……そんなふうに言われたら、断れないじゃん……」
「オーケーってことだね。ありがとう、なまえ」

 にっこり笑って今度はソファに腰掛ける、この世で一番かわいくて、この世で一番かっこよく、この世で一番ずるいひと。

「それじゃあ今は、こっちのかわいいチョコを楽しもうか。かわいい君と」

 長い指がまあるいチョコをつまみ上げ、それをわたしの口元へと運ぶ。
 上質なチョコレートのシェルを噛みしめると、甘くて濃厚でなめらかなフィリングがおくちの中いっぱいに広がった。

2026.2.14
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