聖なる夜を君と

 ジングルベルが流れる師走の道を、私は急ぐ。
 白と青と赤に黄色、とりどりのLEDで彩られたけやき坂を早足で歩く。この時期の夜の街はとても綺麗だ。
 色彩鮮やかな光のトンネルの中で歩を進める私の脳裏に浮かぶのは、嬉しそうな彼女の笑顔。

 ああ、私は彼女の笑顔があればなにもいらないんだ。
 泣くときも笑うときも彼女は常に全力で、くるくると変わる表情がとても愛おしい。

 歩くペースが速すぎたのか、白い息と共に鮮血が口からこぽりとあふれ出た。

 かまうものか。早く帰らなければ。彼女が私の帰りを、首を長くして待っている。

 今日はクリスマスイブ。
 私は彼女のサンタになって、プレゼントを届けるのだ。
 大好き、と飛びついてくるかわいい彼女をこの両腕で受け止めて、マシュマロのようなふっくらした頬にほおずりしよう。
 痛いよと甘えた声を出すだろうか。それともくすぐったいと笑うだろうか。
 おそらく前者だろうが、構うもんか。
 抱き上げた彼女の上に、キスの雨を降らそう。

 私には妻がいる。
 妻は美しく、私に尽くしてくれているが、彼女と妻とはまた別なのだ。妻のことはとても大切だし、愛している。
 けれど彼女と妻を天秤にはかけられない。どちらを選べと言われても、選べない。

 たまに彼女は、妻と別れて自分と結婚するよう私に強要することがある。
 それはできないと何度も伝えた。伝えるたびに彼女はいやだと怒り、嫌いと叫び、時に切ない声を上げて泣く。
 悪いとは思うが、こればかりは絶対にできないことなのだ。
 かといって、他の男に渡してやることも、今は全く考えられない。
 彼女は私だけのものだ。ずっと離さない。
 いつか私よりも強く優しい男が現れたならば、そいつに譲ってやらないこともない。が、いずれにせよ、それはずいぶん先の話だ。

 かかえたプレゼントをちらりと見やる。
 彼女が指定したこの商品は、六本木でも銀座でも手に入れることができなかった。豊洲の専門店まで足を伸ばして、やっと手にした品物だ。

 光のパレードをすり抜けながら、冬の街を私は進む。目的地は都会の喧騒から少し離れた、閑静なる住宅地。
 六本木から徒歩圏内にあるこの土地に、私は彼女のために庭付きの家を一件用意した。

 生活しやすいよう、工夫を凝らした注文住宅。
 風呂は広くとり、バスタブは私でも足を伸ばせる大きさだ。
 もちろん、彼女もいっしょに入る。彼女の髪を洗うのは私の役目だ。

 私たちの家が見えてきた。
 窓から洩れる明かりが幸せ気分を増大させる。
 ひとりだったころとは違う、温かい部屋で私を待つひとがいる。この優しくも甘い事実。

 このままプレゼントを渡してもいいが、今宵の私はサンタだ。大事なプレゼントはガレージに隠し、彼女が眠ったころに枕元に置いておくのが粋というもの。
 ちなみにガレージにとまっている車も、彼女のために購入したものだ。

 玄関チャイムを押して、出迎えを待つ。
 扉をひらくのと同時に飛び込んできたのは、愛しい彼女の最高の笑顔。

「ぱぱ、おかえり〜」
「ただいま!」

 飛びついてきた小さな身体をしっかりと抱きとめ、ほおずりをする。ガレージに隠したプレゼントは、人気アニメのキャラクターの、等身大のぬいぐるみ。

「やめて、ぱぱ。おひげがちくちくする!」

 本当に君はかわいいね。
 妻によく似た君は、将来すごい美人になるだろう。私に似て背が伸びたなら、スーパーモデルも夢じゃない。
 そうしたら悪い虫がたくさん寄ってくるだろうな。
 私はその虫どもを駆逐するのに忙しくなるだろう。

 思わずそう漏らしたら、あなたはホントに親ばかね、と妻は形の良い眉をひそめた。
 さりげなく妻へのプレゼントを渡しながら、その髪にひとつキスを落とす。

 ああ、私はね、君たちの笑顔があれば本当になにもいらないんだよ。

 テーブルにずらりと並ぶごちそうは、鶏の丸焼き、ベーコンとほうれん草のキッシュ、アボカドとサーモンのタルタル、ブロッコリーとアンチョビのパスタ、、野菜たっぷりのミネストローネ、クリスマスツリーの形に盛られたポテトサラダだ。
 とどめのケーキはブッシュ・ド・ノエル。
 これは全て妻の手作り。妻の努力には本当に頭が下がる。

 温かい食卓と、家族の笑顔。
 それは幸せな、聖夜の光景。

2015.12.18

クリスマスに向けてのほのぼの親子もの(笑)アダルトな不倫ねただと思った方、ごめんなさい。

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