しあわせの温度

 百八つの除夜の鐘が鳴り終わったのを確認したオールマイトが、冷蔵庫から一本の五合瓶を取り出した。

「これ、ラベルがないのね」
「前割りだからね」
「前割り?」
「数日前から好みの濃さで割っておいた焼酎をそう呼ぶんだ。こうしておくと、焼酎と水がよく馴染んでうまくなる」
「でもあなた、お酒は大丈夫なの?」
「ン。でもせっかくいい焼酎をもらったからさ、君にこの美味しさを知ってもらえたらなと思って。私も一口だけいただくよ」

 続いてオールマイトは、戸棚から平たい急須のようなものを出してきた。
 艶のある綺麗な黒い陶器で、薬缶というには少し小さく、急須と呼ぶにはやや大きい。平たい土瓶、とでも表現すればいいのだろうか。
 不思議そうな顔をしてしまったせいだろう。オールマイトがにこりと笑った。

「ああ、これはね、千代香」
「ちょか?」
「九州の方の酒器らしいよ。ぢょかとも言うらしいね。これは直火にかけられるから、お燗するのがラクなんだ」

 オールマイトが流れるような仕草で千代香に前割りした焼酎を注ぎ、コンロにかけて燗をする。
 わたしは酒と合いそうな食材をおせちの中から選んで、お皿に盛りつける。

 充分に温まった千代香と揃いの盃を盆に載せ、テーブルへと運んだ。

「あけましておめでとう」

 新たなる一年を寿ぎながら、互いに笑い合った。おだやかで幸せな年明け。
 こぼさないよう気をつけながら、透明で熱い液体をそっと口元へと運ぶ。
 馥郁とした甘い香りが広がるのと同時に、舌から喉へ、喉から食道を通って胃袋へ、じわりとした優しい熱が伝わっていく。

「案外まろやかで美味しいのね。芋焼酎ってもっと癖があるかと思ってた」
「そうだね。飲めたころはけっこう好きだったよ。温めると芋の甘みと香りが引き立つし、こうしてほんの少量だけ、ちびちびやれるのもいいんだ」
「身体も温まる……寒い冬の夜にぴったりね」
「なまえ」
「はい?」
「昨年は君のおかげで幸せな一年を過ごせた。今年もよろしく」
「こちらこそ。今年もどうぞよろしくおねがいします」

 お礼を言いたいのはこちらのほうだ。
 俊典さん、あなたはきっと知らないでしょう。
 あなたと共にいられる幸せがどれほどのものか。
 わたしがどれだけ、あなたに感謝しているか。

 千代香で温めた甘くて香り高い焼酎は、体をじわりと芯から温める。
 その優しい温かさは、この幸せな暮らしと少し似ている。

 夜が明けたら、氏神様に初詣に出かけよう。
 祈る内容は決まっている。

 今年もオールマイトが無事でありますように。
 この一年も、ふたり幸せに過ごせますように。

 青い瞳がわたしを見つめる。
 わたしもオールマイトを見つめる。
 しずかに微笑みあいながら、わたしたちは、互いに盃を傾けた。

2016.1.6
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月とうさぎ