明け方に、君を
うしなう夢を見た

 それはあたりがまだ暗い、薄明の頃。

 この手の中でうしなわれていった、君のともしび。
 おそろしくておそろしくておそろしくて、叫びをあげた瞬間、目が覚めた。

 身体を起こし、ぐるりと室内を見渡した。瞳が捕らえたのは、見慣れたふたりの寝室で。
 小さく息をついてから、隣で眠るいとしいひとに視線を転じる――と、おどろいた顔で、こちらを見つめる君がいた。

「どうしたの?」
「なんでもないよ。ちょっと夢見が悪かっただけだ」

 そう、と君がやわらかく微笑んだ。

「すまないね、起こしてしまったかい?」
「いいえ、大丈夫よ」

 この「いいえ」がどんな言葉にかかるのか、私にはわからない。
 元々起きていたから大丈夫なのか、それとも、起こされてしまったけれど大丈夫よ、という意味なのか。
 どちらともとれる、曖昧な返答。
 だがこの曖昧さが、なまえのやさしさだと私は知っている。

「俊典」

 なまえがしずかにゆっくりと、私の頬に手を伸ばす。
 これが夢ではなく現実であることを確かめたくて、私はその手をとって、彼女に覆い被さった。
 布団から出た、細い肩がふるえている。寒いのかと思いかけ、次に、ふるえているのは彼女の肩ではなくそれをつかんでいる己の掌だと気が付いて、すこしひるんだ。

 なんてことだ。
 私は君をうしなうことを、こんなにも恐れている。

「俊典?」

 こちらを見上げ、君が不安そうな顔をする。
 強引に両の口角を引き上げて、なまえの口唇に自分のそれを重ねた。
 触れるだけのキスを繰り返し離れると、君が私の頬を両手で包み込んだ。こちらを見上げる瞳の色は、どこまでもやさしい。

「ずっとこうしていたいな」
「……わたしもよ」

 身をかがめて、もう一度唇を合わせる。ゆっくりと、味わうように。

「……ッ!」

 と、その時、先日手術をしたばかりの胸の傷跡がずきりと痛んだ。

「だいじょうぶ?」
「ああ、大丈夫だよ」

 先ほどと似たやりとりを繰り返し、私は君に触れる。その存在を確かめるために。
 しっとりと吸い付いてくるような、ひんやりとして柔らかい、君の肌。
 手のひらで、指で、唇で、舌で、ゆっくりと君を味わいつくす。

 ああ、けれど、とひそかに思う。
 私がなまえをうしなうことを恐れるように、なまえもまた、私をうしなうことを恐れているに違いないのだ。
 それでも平和のために己の全てを賭けることを、私はやめない。

 己の責務を全うするために、なまえを一人残していくことはしかたないとすら考えている。それが、巨悪をたおすためならば。わかってくれと思うこれは、私の甘えなのだろう。
 けれど君をうしなうことを想像しただけで、震えるほどに恐ろしい。

 自分の命がうしなわれることは怖くないのに、君をうしなうことはこんなにも怖い。
 ひどく混乱し矛盾した、エゴイズムのかたまり。
 これがナンバーワンヒーローの思考だと、誰が知ろうか。

「好きよ」
「……うん」

 自らの腕の中で、咲いてゆく君を見下ろす。
 甘い吐息をもらす唇は、赤く濡れ、私を誘う。
 ああ、なまえ。水の中で咲く花のように、君は美しい。

「俊典」
「なまえ」

 名を呼び合いながら、己の不安を振りほどくように、すがりつくように君を抱く。
世を支える平和の象徴の真実は、こんなにも脆く、そして弱い。



 あたりがまだ暗い薄明の頃、君をうしなう夢を見た。

2021.1.25
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