冬の夜は明けるのが遅い。薄暗い中で目をこらすと、そこにはいつものように、愛しいひとの寝顔があった。
触覚のように長い前髪が、秀でた額にかかっている。黒い陰影を形作っているのは、深く落ち窪んだ目元。ナイフで削いだような頬と、とがった顎。見慣れた愛しい彼の顔。だがその表情は、驚くほどに安らかだ。
かつてこのひとの寝顔は、ひどく厳しいものだった。
初めてそれを目の当たりにした時、ひそかに衝撃を受けた。平和の象徴として生きると言うことは、安らかに眠ることす許されないのかと。
この柔らかな寝顔をずっと見ていたい気もするが、悪いことに目覚めたらいつまでも横になってはいられない性質だ。だから隣で眠る人を起こさないよう細心の注意を払って、体を起こした。
体内に残るかすかなけだるさは、昨夜、俊典がわたしに刻んだ悦楽のなごり。この寝台で幾度も穿たれた彼の楔は、わたしを翻弄し、そして確実な果てへと連れて行った。
そのまま眠ってしまったので、肩も胸もむき出しだ。いかに暖房が効いた室内であろうと、裸体でいるとさすがに冷える。
床に落ちてしまったシルクのガウンを拾おうと、手を伸ばす。――と、その刹那、反対側の手首を引かれた。
「!」
「おはよ」
わたしを優しく組み敷きながら放たれた、柔らかな声。こちらを見下ろすブルーアイズの、なんと透明なことだろう。
「起きてたの?」
「いや、今起きたとこ」
にこ、と、俊典が海のように青い目を細める。包み込まれてしまいそうな、やさしい微笑み。
太陽や大空に例えられることの多い俊典だけれど、わたしは彼を海のようだと思う。
閨での俊典は殊にそうだ。時に優しく、時に荒々しく、時に穏やかで、そして時に激しい。
わたしはここで、彼が生み出す快楽のうねりに翻弄されて、流され溶かされ、そして俊典という名の海の一部になる。いつもそうだ。昨夜も、そしてきっと、これからも。
「まだ、ここにいて」
甘く響く低音で、俊典がささやいた。
「もう少し、休日の怠惰なる朝を満喫しようじゃないか」
耳孔に流し込まれた声は、これから起こりうるであろう行為を容易に予感させるものだった。答えあぐねて目を伏せると、いいだろ、と耳朶を甘噛みされて、体がはねた。
「かわいいね」
耳から首、首から鎖骨、鎖骨から胸へと降りていく唇。
「!」
思わず漏らしてしまった、言葉にならない吐息。それはひそかなものではあったが、おそらく俊典は気づいただろう。その証拠に、彼の両の口角があがってゆく。ゆっくりと。
俊典の掌は熱く、けれど動きはどこまでもやさしい。見つめる瞳は、海の青。
うねりのように押し寄せる快楽の波に流されて、わたしはふたたび俊典の一部へと変わるのだろう。
聞こえてくるのは、遠い潮騒。
初出 2020.12.12 2020〜21年冬 BOOSTお礼文
サイト掲載日 2021.3.2
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