クリスマス・イブ
PM8:00

 街をクリスマスのイルミネーションが彩る、クリスマスイブの午後八時。真紅のオープンカーが流れるように駆けてくる。金色に染まる街路樹の下を。

「メリークリスマス、なまえ」

 わたしの目の前に車を停めて、俊典さんが微笑んだ。彼が乗ってきたのは、フロントシートの後ろにプレゼントの箱が山ほど積まれている、流線形のボディが美しいアメリカンオールドカーだった。
 その車どうしたの、とたずねようとしてやめた。きっと彼は笑みながら応えるだろう。「もちろん、今日のために用意したのさ」と。
 数日前に彼と出向いた雑貨屋さんで、同じ車のおもちゃを見かけた。ブリキでできた赤いオープンカーはクリスマス仕様で、サンタの人形が運転席に、そして今と同じように座席の後ろにはプレゼントの箱が山と積まれていたのだっけ。

 あの時、わたしは「かわいい」と言い、彼も「そうだね」と同意した。
 だからといって、クリスマスデートのためだけに、とてつもなく古い――けれど美しくレストアされた――アメ車を用意できてしまう、このひとの財力と発想に少し驚く。さすが天下のオールマイトだ。自家用ジェットを保有しているひとは、することが違う。

「お手をどうぞ、お姫様」

 車を降りた俊典さんが、そっとわたしの手を取った。
 古いアメ車のハンドルは左側だ。だから当然、助手席は右……つまりは車道側にある。パーキングメーターがある場所とはいえ、車通りは多い。けれど俊典さんは流れるようなしぐさで車の途切れた一瞬のすきに扉を開けて、わたしをなんなく助手席に座らせた。なんというスマートで完璧なエスコート。

 赤いオープンカーの内装は、無機質な金属部分以外、ほぼ赤で統一されていた。キッシュなデザインのインパネ周りも、フロントシートも、オモチャみたいに細いがどこかスタイリッシュなステアリングもすべて赤。ウインカーレバーとレトロな四速ミッションの丸いシフトレバー部分だけが白いのが、ひどく印象的だった。

「ほんとかわいい……」
「お気に召したならよかったよ」

 金色のイルミネーションの下で、俊典さんが微笑む。金色の髪が金色の光を弾いて、とてもきれいだ。

「さてお姫様。まずは食事にいかないか。アメリカンダイナーを予約してあるんだ。君、シカゴピザが食べたいって言ってただろ?」
「ありがとう。たのしみ」

 私もだ、と小さく呟いて、俊典さんがカーオーディオ……いや、カーラジオのスイッチを入れた。流れてきたのは、古い古いクリスマスソング。
 この歌の通り、わたしの恋人は背の高いサンタだな、とひそかに思った。

「なに?」
「なんでもなーい」
「まったく、君はかわいいね」

 小さく息をつきながら俊典さんが呟いて、大きな手でわたしの頭を撫でた。次いでその大きな手が、丸いシフトレバーを握りこむ。
 彼は目だけで小さく笑い、カコン、という音を立ててギアをチェンジした。ニュートラルから一速へ。
 そして真っ赤なオープンカーは、車の波の中へと滑り出す。クリスマスの夜はこれから。

 街をクリスマスのイルミネーションが彩る、クリスマスイブの午後八時過ぎ。真紅のなオープンカーは進みゆく。金色に染まる街路樹の下を。

2021.12.24
2021年 クリスマス
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