Blue Rose

 夏の太陽が、西の空を朱色に染めながら落ちてゆく。去りゆく日輪を追いたてるように広がっていくのは、濃紫色の夜。
 都会のただなかで、赤い薔薇のオブジェのその下で、わたしは彼をひとり待つ。
 ここは大好きな場所の一つだけれど、待ちぼうけはやはり寂しい。
 ひとつ、ふたつと、街の明かりがついてゆく。そのうちに、正面の東京タワーにも灯がともされた。
 彼との約束の時間は、むろんとうに過ぎている。けれどそれも常のこと。わたしの彼、『八木俊典』は、ナンバーワンヒーローのオールマイトだから。世界を救い支える平和の象徴は、とても多忙だ。
「でも今日くらいは、遅れないでほしかったかな……」
 ちいさく一人ごちた、その時だった。
「待たせてごめん」
 背後から聞こえてきた、少し掠れた低い声。誰何の声をかけるまでもない。
 わたしがこの声を、聴き間違えるはずもなく。
「遅いよ……」
 振り返りもせずいらえると、後ろから長い腕が伸びてきた。あっという間に、わたしは声の主である八木俊典の腕の中。
「ね。許して」
 そう囁いた俊典の大きな手には、リボンがかかった一輪の青い薔薇。
「ばら?」
「うん。君に。誕生日おめでとう」
 花束ではなく、一輪の薔薇というのがまたずるい、と思った。
 なぜなら一輪の薔薇の花言葉は、「君しかいない」だ。こんなふうにされてしまったら、遅刻なんて、許すしかない。
「……ありがとう」
「君は、青い薔薇の花言葉を知っているかい?」
「……たしか、奇跡と、神の祝福?」
「そう。この広い世界で君に出会えた奇跡と、君が神の祝福を受けてこの世に生まれてきてくれたことに感謝をこめて。私は君に、一輪の青薔薇を贈るよ」
 正面には、ライトアップされた東京タワー。左手には白いガゼボ、頭上には赤い薔薇のオブジェ。そして目の前に、青い薔薇。
 きっと今日は、最高の誕生日になる。だってここには、あなたがいるから。
 わたしはゆっくりと、俊典に向きなおる。
 「大好き」とささやくと、「私もだ」という低音と、乾いた唇がおりてきた。

2018.8.21

くろ様のお誕生日に

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月とうさぎ