Birthday Present

 長く降り続いた雨があがった。
 彼と付き合って三年経つが、去年も一昨年もこんな感じだった。必ずと言っていいくらい、この日は太陽が顔を出す。なぜって、本日六月十日は太陽の化身のような、彼の誕生日だから。
 太陽にすら愛される年の離れたわたしの彼は、名を、八木俊典という。

***

「うーん。今は特に欲しいものがないんだよね」

 先週の金曜、なにか欲しいものはあるかと問うたわたしに、彼はさらりとこう答えた。
 それもそうだ。だって彼はオールマイト、平和の象徴。ヒーロー界一の高額所得者である彼の財力をもってすれば、たいていの物は手に入る。

「わかるけど……そういう答え、ちょっと困る」
「なんで困るんだい? ああそうか」

 と、カレンダーを見ながら、察したように俊典が微笑んだ。

「君からのプレゼントなら、なんでも嬉しいよ」
「だから、そういうのも困るんだってば!」

 白い歯を見せて爽やかに微笑む彼に、そう告げた。なんでも嬉しいと言ってもらえるのはたしかに嬉しいことだけど、プレゼント選びに困ることにはかわりない。。

「じゃあさ」

 にっこりと微笑みながら、俊典がこちらに向かってかがみ込む。なに、と問う前に、耳孔に低く甘い声が流し込まれた。

「君とすごす夜がほしいな。そこで私を、たくさんハッピーにしてくれよ」

 顔に朱がのぼった。付き合って三年経つというのに、わたしは未だにこうした誘い文句に慣れない。それがわかっていてこういうことを言ってくるから、このひとは。
 俊典は静かな笑みを浮かべている。彼はいつもこうだ。年齢差ゆえのこの余裕。
 なんだか悔しかったので、わかった、と応えると、彼はまた、静かに笑んだ。

***

「お誕生日おめでとう」

 満面の笑顔でそう告げたわたしに、ありがとう、と、俊典が答えた。やっぱり彼は余裕の微笑。からかうように、俊典は続ける。

「プレゼントは?」
「そうね、プレゼントはこれ」

 彼お気に入りのカッシーナに腰をかけ、両手を広げた。ひゅう、と口笛を軽く吹き、俊典がネクタイを緩めて、わたしに覆い被さった。
 欧州製の高級ソファが、二メートルを超える彼の体重を音もなくうけとめる。ゆっくりと重なる唇と、わたしの背に回された、大きな手。やがてその手は背から肩を通り、鎖骨をなぞりはじめる。
 いたずらな手。でもこの手は時に世を守り、そしてわたしに大いなる悦びを与えてくれる。
 でもいまはそうなるわけにはいかないの。心の中でそうひとりごち、くちびるが離れると同時に、わたしは愛しい手の動きを制した。

「そっちはまだよ。そのまえに、あなたにお誕生日のプレゼントを」
「プレゼントは私をハッピーにしてくれることだろう?」

 彼がやや憮然とした表情を浮かべた。いつもやさしく余裕のある俊典にしては、めずらしいことだ。

「そうよ、約束通り、たくさんハッピーにしてあげる」

 そう言いながら俊典を抱きしめて、金色の髪に手を差し入れた。

「なに?」

 驚きの声をあげた彼を無視して、金色の頭をよしよしと撫でる。愛おしむように、まるで幼子にするように。
 俊典ははじめこそ慌てていたけれど、やがて、驚くくらい静かになった。

「…………」
「どうしたの?」
「……ナンデモナイ」

 なんでもなくはないでしょう。なぜか片言になってるし。
 それでも彼の言を尊重し、わたしはこの行為を続けることにした。俊典は抵抗するでもなく、甘えるでもなく、わたしにされるがままだ。
 けれどしばらくそうしていたが、特になんの反応もない。お気に召さなかったのかと心配しつつ、視線を彼の頭に転じる。と、金色の頭髪からのぞくふたつの耳が、真っ赤に染まっているのが見えた。

「ねえ、俊典」
「ナニ?」
「もしかして、あなた照れてる?」
「……こういうのはさ、ずるいぞ」

 わたしの胸に顔を埋めたまま、俊典がうめいた。耳は先ほどよりもなお赤い。

「男のひと……特に身体が大きいひとは、頭を撫でられる機会がないから、してあげると喜ぶ、ってSNSで見たものだから」
「……ウン」
「こういうのも悪くないかな……って思ったんだけど」
「……悪くはないよ……たしかにね」

ummとうめきながら、俊典がぽつりと呟いた。

「じゃあ、顔をあげてくれない?」
「恥ずかしいんだ。考えてもみてくれよ。私は君よりずいぶんと年上のおじさんなんだぜ」
「俊典はおじさんじゃないでしょ」

 おじさんなんだよ、と言いながら顔をあげた彼のそれは、夕陽よりも赤かった。
 太陽の化身と一部で言われることもあるオールマイトがこんなにも照れるところなんて、そうそう見られるものじゃない。

「かわいい」

 本人はおじさんだなんて言うけれど、かわいいひとはきっと、いくつになってもかわいいものだ。俊典は誰よりもかっこよくて、誰よりもかわいい。心の底からそう思う。

「どう? ハッピーな気分になれた?」
「……うん、大人になってから頭をなでられるなんて初めての経験だったけど、たしかにサイコーにハッピーだよ」

 照れるように笑いながら、俊典がわたしを抱きしめる。
 六月十日、長く降り続いた雨が久しぶりにあがったこの日。
 わたしの一番大切な人が、またひとつ、年を重ねた。

2022.6.9
2022年オールマイト誕
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