フラワームーンの
下で

 お天気のいい夜は、テラスでスイーツをとる。これはわたしたちの決まりごと。夜空を見上げながら食べるスイーツは、とてもおいしい。特に今夜は満月だからなおさらだ。

「はい、あーん」

 言われるがままに開いた口の中に落とされたのは、ルビーを思わせる桜桃をゼリーで包んだ、宝石のような小さな和菓子。甘酸っぱい、と言ったわたしに、まるで君のようだね、と、しれっと告げるこの人は、ほんとうに悪い大人だ。

「もうひとつどう?」
「今度はあなたの番」

 すると俊典は、肉付きの悪い顔にやわらかい笑みを浮かべて、口をあけた。わたしはそこに、ルビーではなくペリドットを入れる。正しくは「ペリドットのようなマスカットを求肥で包んだ和菓子」をだ。求肥にはたくさんのお砂糖がまぶしてあるから、彼が和菓子を咀嚼するたび、しゃりしゃりという小気味よい音がちいさく響いた。

「おいしいよ。爽やかだけど甘くって」

 マスカットの菓子を食べ終えた俊典がわたしの手をとって、指先に唇を寄せた。そこには、マスカットの菓子にまぶされていた砂糖が少しついたまま。

「でもきっと、こっちのほうが甘いんじゃないかな」
「……っ……!」

 砂糖のついた指先を、俊典が口に含んだ。

「……わるいひと」
「おや、心外だな。私はこれでも平和の象徴なんだぜ?」

 一呼吸置いて、俊典がにやりと笑う。

「だったらこれから、悪い私と悪いコトをするかい?」
「……お月様が見ているのに?」
「お月様が見ているからさ」

 俊典がわたしを見つめる。サファイアのような青い瞳で。
 コーンフラワーブルーの檻にとらわれる前に、わたしはちいさく微笑んだ。頭上には、五月の満月フラワームーン。

「もう少しお菓子を楽しみましょう。この二つを同時に食べられるのは、今だけなんだし」

 そう。桜桃は五月上旬までで、マスカットは五月上旬から。この美しくも美味なるお菓子の両方を食べられるのは、五月の頭の今だけだ。
 それを知っている俊典が、オーケー、と肩をすくめる。その口元に、わたしは宝石のような和菓子をまた運んだ。今度はルビー……桜桃を。そして彼もまた、わたしの唇にペリドットを寄せる。

「贅沢ねぇ」
「まったくだ」

 玲瓏たる月明かりを浴びながら、愛する人と、宝石のように美しい菓子を食する。そんな贅沢な、五月の夜のひととき。

出番ULTRA2022 無配ペーパーより
同タイトルのファットガム夢を「Other」に掲載しています。
初出:2022.5.3
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月とうさぎ