ペアウオッチ

 インターフォンがなったので扉を開けたら、そこに大きな薔薇の花束とケーキボックスを携えた俊典が立っていた。

「ハッピーバースデートゥーユー!」

 非常によろしい発音と共に手渡された花の重みに、ふたりで過ごした日々と彼からの愛を感じる。

「ありがとう」
「どういたしまして」
「ここじゃなんだから、入って」

 広さは平均的だが天井は高い室内へと、俊典を促した。なにせ彼を招くことを前提に天井の高さで選んだ部屋だ。以前住んでいた部屋は天井が低く、背の高い俊典は少し窮屈そうだったから。
 勝手知ったるなんとやらとはよく言うが、この部屋に慣れた俊典は、なにも言わずともローテーブルの前に腰掛ける。わたしはそれを確認し、彼が持参してくれたケーキのためのお皿を出して、それに合わせた紅茶を淹れる。暑い日は常に用意してある、水出しのニルギリ。

「わ、かわいい」

 ケーキのボックスをあけて、思わず声を漏らした。俊典が持ってきてくれたケーキは、黄色を基調にしたひまわりのホール。マジパンのひまわりと柔らかい黄色のクリームが、とてもかわいい。

「だろう?」

 いつのまにか隣に来ていた俊典が──このひとはこういうことを音もなくするから心臓に悪いのだ──わたしの髪にキスを落とした。

「君はひまわりが好きだから、なまえの誕生日には絶対にこのケーキにするって決めてたんだ」

 ありがとう、と小さく答えて、心の奥で小さくつぶやく。
 わたしがひまわりを好きなのは、あなたに似ているからなの──と。
 それを知っているのかいないのか、俊典が得意げに胸を張った。

「今日はね、プレゼントが四つあるんだ」

 まずこれがひとつめ、と続けて彼が手のひらでケーキを示す。

「ふたつめは薔薇の花束で、三つめは私だよ。君はいつでも、私を好きなようにできるんだ」

 そう言って平和の象徴は、いたずらっぽくウインクをして、わたしにまたキスをした。

「そして最後はこれ」

 差し出された小箱の中には、華奢な時計が一つ。

「アンティークなんだ。私が生まれた年のものだよ。で、これが対になってる」

 俊典がスーツの腕をまくって見せてくれたそれは、確かに同じメーカーの、だがフェイスが大きくつくりも重厚感のある、男性的な時計だった。昔のものらしい、男性用と女性用のデザインの違い。だがきっと、注目すべきはそこではないのだろう。

「なまえ。これからも、こうして私と一緒に時を刻んでくれるかい?」

 そういって、彼は微笑んだ。
 俊典──オールマイトは、ナチュラルボーンヒーローだ。だからきっと、有事あれば何がなんでも現場に駆けつけることだろう。たとえ個性がなくても。戦えない体になろうとも。
 それがオールマイト……八木俊典という人の生き様だから。

――本当に、わたしと一緒にずっと時を刻んでね。絶対に、いなくなったりしないでね――

 言えない言葉を飲み込んで、わたしは小さく、うんとうなずく。

「……大丈夫。何があっても帰ってくるよ。君のところへ」

 なんてこと。彼にはすべてお見通し。少しのきまり悪さを感じつつ、頭上の金色を見上げて、そうねとつぶやき微笑んだ。

 オールマイトは嘘をつかない。わたしはそれを、知っている。

 だから──。

 あなたの生まれた年の時計で、一緒に時を刻んでいきましょう。わたしの生まれたこの日から。

初出:2023.8.21

「生きろ」という祈りを込めて

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