ほとんど音もなく、ひっそりと降り続ける冬の雨は厳かですらあるけれど、こんな日はつらい。ボルトだらけの身体はしくしくと痛み、片方しかない肺は呼吸をするたび息が上がる。今日が休日で本当によかった。
己を振り立たせるように、ふう、と大きく息をついて窓に背を向ける。と、寝室のドアの前に、なまえが立っていた。
「おはよう」
そうなまえが言ったので、私もそれに笑みと、同じ言葉を返した。
いまのため息を、おそらく聞かれてしまっただろう。けれど、なまえはそれについてはなにも言わず、私に向かってふわりと笑んだ。
「紅茶淹れるけど、飲む?」
「ああ、ありがとう。いただくよ」
自分よりはるかにちいさいそのひとに歩み寄り、腰を屈めて柔らかな頬に触れる。と、なまえは笑みながら、くすぐったそうに身をよじる。こんなふうにじゃれあうだけで、すこし身体が楽になったような気がするのだから、不思議なものだ。
私の前髪に触れながら、なまえがまたたずねる。
「昨日焼いたブラウニーもつける?」
「もちろん、それもいただくよ。こないだ買ったアンティークの皿に盛り付けようか」
「うん。ありがとう。お願い」
そして私たちは手をつないで、キッチンに向かう。
私は冷蔵庫からブラウニーを出し、軽くレンジであたためてから、エイプリルフラワーが描かれたデザート皿に盛りつけた。なまえは茶葉と湯が入ったポットからティーコゼーを外して、デザート皿と同じシリーズのティーカップに紅茶を注ぐ。
それらを、ふたりほぼ同時にテーブルに置いて、また、微笑み合った。
窓の外は冬の雨。ほとんど音もなく、ひっそりと降り続く雨は、おそらく凍えるほど冷たいだろう。けれどこの部屋を流れる空気は、心は、ぽかぽかと暖かい。それはきっと、なまえ、君が私のそばにいてくれるからだ。
心の底から幸せだと思いながら、香り高い紅茶とブラウニーを交互に楽しむ、休日の朝。
「美味しいねえ」と私が告げると、なまえもまた「美味しいね」と柔らかく笑んだ。
2025.1.6
- 82 -