「忘れるわけないだろ? 君が私の為に作ってくれた、初めてのチョコレートだ」
遠い日を懐かしく思いながら、わたしたちは微笑みあう。
テーブルの上には火のついた卓上コンロと、くつくつと音を立てている白菜と豚バラのミルフィーユ鍋。
あれからずいぶん経つけれど、わたしは相変わらずお料理の腕には自信がない。お掃除も苦手、ガーデニングは虫が出るから大嫌い。それでもあの頃と違うのは、腕に自身のない者はレシピを守ることが重要なのだと知ったこと。
そのおかげで目前のお鍋は、見た目も味もそう悪くない。
「それをあなたがホットチョコレートにしてくれたのよね」
「あれはあれで、美味しかったし、嬉しかったよ」
「相変わらず優しいのね」
美味しい吟醸酒をひとくち含んで、オールマイトはまた笑んだ。
「なつめ」
「なに?」
「あのね、今夜は帰らないから」
「……普通『今夜は帰さない』って言わない?」
「だってここ、君んちだろ」
「……そうだけど」
「楽しみだな。私のためのスイーツが」
「チョコレート? 一応、買ってあるけど」
「違うよ」
オールマイトが立ち上がり、卓上コンロの火を止めた。
「え?」
「私にとってのスイーツは君だよ。初めてのバレンタインはキスまでだったからね。あの日に手に入れられなかったものを、今夜はたっぷり堪能させてくれよな」
「ばっ……」
ばかねと返すその前に、大きな背中が折り曲げられて、優しい口唇がわたしに向かって下りてきた。
どうやら今夜は、一晩かけて大昔のバレンタインの続きをすることになりそうだ。
2016.2.14
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