寿ぎの花

 凛とした元日の空気が、肉の薄い頬をなぶる。空は好天。晴れた日の冬の太陽は、どこまでも優しく、そして穏やかだった。
 しかし、晴れているとはいえ、吹く風は刺すように痛い寒風だ。しかしそれがこんなにも清澄に感じられる理由は、きっとひとつ。
 オールマイトはそう心の中でつぶやいて、静かに窓を閉めた。

「なにをみていたの?」

 問われて振り返った先にいたのは、もちろん、水差しを手にした梨央だ。

「空を」
「相変わらず、あなたはロマンチストね」
「ありがとう」

 この寒いのにわざわざ窓を開けるなど我ながら酔狂なことだ、と、オールマイトは思う。
 けれどその酔狂をロマンチストという言葉に変えてしまう、梨央の柔軟さと優しさが嬉しかった。

「水やりかい?」
「ええ」

 梨央はふわりと微笑んで、自らがいけた正月花の盤に、ゆっくりと水を注ぎこんだ。静かに、そして優雅に。
 リビングにしつらえられた小さな花台の上に置かれた、半月形の黒い水盤。いけられているのは、金銀の水引と、緑色の若松と赤い実のついた南天と、白い水仙と、ちいさな太陽のような黄色い花だ。
 それらすべてが美しく調和して、正月らしい雰囲気を醸し出している。

「花のある生活っていうのは、いいね」
「ありがとう」

 梨央はこうして、季節の花で室内を彩ってくれる。
 花を愛でるなど、一人で生きていかねばならないと気負い続けていたころには、思いもしないことだった。自分の家の中に飾られた花がこんなにも心を和ませてくれるなんて、想像すらできなかった。
 小さな花びんにさりげなく活けられた小花が、大きな花器に堂々と活けられた大輪が、戦いの日々に疲れた自分をどれだけ慰めてくれるかを知ったのは、梨央と暮らし始めてからだ。

「いや、違うな」
「なにが?」
「私を癒してくれているのは、花ではなく、君の笑顔だ」
「ありがとう。わたしが笑っていられるのは、あなたがそばにいてくれるからよ」

 そう眼を細めて、梨央は水盤に落ちていた実をひとつ、拾い上げた。
 南天だ。

「それ、縁起物なんだよな」
「そう。難を転じるから、厄除けの意味もあって縁起がいいとされてるわ。おせち料理もそうだけれど、だじゃれみたいよね」
「まったくだ」
「でも、こうして小さな赤い実が入ると、場がしまるでしょう?」
「ああ、たしかにそうだ。ところでさ」
「なあに?」
「これは松で、こっちは水仙だよな。この黄色いのはなんて花?」
「福寿草よ。またの名を元日草」
「それはまた……今日に相応しい花だね」
「そうね。花言葉もおめでたい感じなのよ。福を招く、と、永遠の幸せ」
「ふむ。それは今日というより、むしろ我々の暮らしにピッタリな花だな」

 永遠の幸せ? と、梨央が嬉しそうに笑んだ。
 そう、永遠の幸せ。と、オールマイトも口角を上げる。
 梨央のこの笑顔があれば、これから先、なにがあっても大丈夫。そんな気がする。

「お昼を食べたら、初もうでに行こうか」
「ひとめにつかない?」
「なに。かまわないよ」

 ヒーローとして、平和の象徴として立ったあの日から、一度たりとも神に祈ったことなどない。けれど今は、そうしてもかまわないだろう。

「お正月らしく、着物にしようかしら?」
「それは素敵だね」

 嬉しそうに微笑んだ梨央の髪に口づけをおとして、オールマイトはひそかに思う。

 梨央、君はこれ以上ないくらいの安らぎを与えてくれた。寒風が清しく思えたのも、花に癒しを感じることができるのも、季節の移り変わりを愛でることができるのも、すべて君がいてくれるからだ。
 君を失ったらきっと、それらすべてに意味などなくなる。
 だから梨央、今日は祈るよ。元日草と呼ばれる寿ぎの花、その花言葉のようにいられるふたりでありますようにと。

 引退して初めて迎えた新年の、その最初の一日に。

2019.1.1
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