月虹に願いを

――イーリスっていうのはどうだい? 虹の女神のことだよ。

 白い歯を見せて笑いながら、憧れのヒーローがそう言った。

――なに、名前は大きなほうがいい。それに負けないように、頑張れるだろ?

 どれほど嬉しかったことだろう。憧れ続けたヒーローが名をつけてくれた、あのとき。

 ずっと思っていた。戦いに有利な個性が欲しかったと。
 強い顎を使って戦う、あるいは炎を操る、あるいは人間離れした剛力で敵を圧する。そんな、強い個性が。
 けれど彩果の個性は擬態だ。姿を消せるという、戦闘においては心許ない、ちっぽけな能力。
 でもだからこそ、彩果はオールマイトに近づけた。

 どれほど狂喜したことだろう。オールマイトの事務所が、潜入捜査に長けた相棒を探しているときいた、あのとき。
 そして、あのひとは言ってくれた。

――私にとって必要なのは、隣に立って戦ってくれる相棒じゃない。必要としているのは、私にはできないことをしてくれる相棒だ。
―― いいかい? 私たちには、君が必要なんだよ。

 だからこそ、あのひとの相棒としてふさわしい人間になりたいと、研鑽し続けてきた。
 オールマイト自身は、戦闘に特化した相棒を必要としていないかもしれない。けれど、いざというとき敵の集団をくだせなければ、彼の側にいる意味がない。足手まといにはなりたくない。



「!」

 はっ、と、我に返った。
 目がちかちかする。頭上の電灯が点滅を続けているせいだ。
 朦朧としながらも、考えた。

 ここはどこだろう。――山の中の、敵のアジトだ。
 目の前の男は誰だろう。――フォレスト。大陸帰りのネームド敵だ。

 そうだ、と彩果は口の中で呟いた。
 今の今まで目前の男と戦っていた。それなのに、どうしてだろう。いつのまにか蔓のようなもので全身を拘束されている。これではまともに動けない。
 彩果は必死に推測を続ける。 

 ひどく、頭が痛かった。
 おそらく目前の敵の攻撃を受け、一時的に気を失ったのだ。脳を揺らされたのだろう、倒れる直前の記憶が抜けてしまっている。
 スルジンが男の足元に転がっているのが見えた。あれもきっと、倒れた時に落としたのだろう。

「私と戦うには、少し場数が足りませんでしたね。十年後なら、もう少しやれたかもしれませんが」

 煙草に火をつけながら、男が低くわらった。
 敵は彩果を拘束したものの、すぐさま殺すつもりはないようだった。
 なめられたものだ、と彩果は唇を噛みしめる。
 敵がすぐにとどめを刺さないのは、嬲るつもりがあるからだ。

 だが、何事も考え方だ。
 女だからと侮られるのは許しがたいが、そこに活路を見いだせるなら、話は別だ。
 けれど相手はさすがにネームド。嬲るつもりはあるようだが、油断しきってはいないようすだった。拘束したにも関わらず、彩果と一定の距離を保っていることからも、それがうかがえる。
 どうにかして、つけいる隙はないだろうか。

「……ねえ」

 甘えた声で、敵を見上げた。

「助けて……」
「残念ですがお嬢さん、そういうわけにもいかないんですよ」

 紫煙を吐き出しながら、フォレストが片方の口角を軽く上げた。楽しげに笑いながら、男が一歩ずつ近寄ってくる。

――そうだ、もう少し。あと……少し。

「あなたは潜入に長けた個性をお持ちですが、一人で敵のアジトに乗り込んできたのは失敗でしたね」
「……あなたみたいな大物が来るとは、思っていなかったからよ……」
「なるほど。確かにあの連中だけなら、あなた一人でもなんとかなったでしょうね」

 優雅な仕草で、フォレストが灰を床に落とした。
 綺麗な指先。安定しないあかりのしたでもくっきりと際立つ、整った顔立ち。長くしなやかな手足に、均整のとれた長身。
 この男が敵ではなく俳優やモデルになっていたら、それこそ栄光をほしいままにできただろうに。残念なことだ。

「ねえ、きいていい?」
「なんなりと」
「あなた、もっと早くわたしを倒せたでしょう?」
「そうですね。でも、すぐ終わらせてしまったら面白くないじゃありませんか」
「……個性を最後まで使わなかったのもそのため?」
「ええ。だってあなた、実際イケそうだと思ったでしょう? 私が個性を出すまで」
「……ひどいのね」
「奥の手っていうのは、ああして最後まで隠し持っておくものなんですよ。お嬢さん」

 彩果から一メートル半ほど離れたところでフォレストが立ち止まり、煙草をもみ消しながらしずかに笑った。美しいが、どこか外連味がある笑みだった。

「……確かにそうね……ところで」
「なんです?」
「わたしを拘束しているこの木、どこに隠し持ってたの?」
「耳の中です。こんなふうにしてね」

 ひゅっ、という音と共に、彩果を拘束していた蔓が一瞬にして消えた。いや、消えたのではない。男の掌中に収まったのだ。
 男がゆっくりとこぶしをひらいて見せる。それは一センチほどの、小さな木片だった。

 どうです、と言いたげにフォレストが美しいおもてをあげる。彩果はそれには応えず、大きく一歩を踏み出し、敵に向かって回し蹴りを繰り出した。

「おっと」

 繰り出した蹴りを、男が片手で押さえる。と、同時に、男の掌にあった木片が一瞬にして蔓に代わり、左足に巻き付いた。体重をかけていたほうの足だったので、バランスを崩し、彩果はその場に倒れこんだ。
 幸いなんとか受け身をとれたが、左足は完全に絡みとられてしまっている。

「気の強い子猫は、嫌いじゃない」

 静かに微笑み続ける男を横目に、彩果はもがきながら、太もものポケットに触れた。そこに、目的の物がある。

「じゃれる前に、どちらが上かはっきりわからせないとなりませんね」

 男の声を合図に、巻きついていた蔓が、左足を強く締め上げてゆく。

「……っ……!!」

 みしみしと骨のきしむ音がする。あまりの痛みに吐き気がした。
 痛みに耐えかね、掌から携帯端末がぽろりと落ちる。

「…そんなもので仲間を呼ぼうなど……」
「ああッ……」

 落ちた端末を遠くに蹴り上げ、フォレストが軽く眉を上げた。
 次の瞬間、鈍い音がコンクリートの建物内に響き渡った。骨を折られたのだ。吐き気すらする激しい痛みに、声も出せぬまま、彩果はがくりとこうべを垂れた。

「そう。この場では、私がマスターなんですよ」

 フォレストが、彩果に向かってまた一歩を踏み出した。その距離、一メートルほど。

――そうだ、その距離になるのを待っていた。

 彩果は顔を上げ、ポケットの中身を一気に引き抜き、敵に向けて放った。

「ぐっ!」

 顔に似合わぬ奇声を、男が上げた。

 彩果が放ったのは、掌にすっぽり収まるサイズの分銅鎖だ。
 巻き起こる煙を視認して、彩果はコスチュームに仕込まれているアイシールドで目元を覆った。

「な゛に……を……」

 咳き込みながら、その場に男がうずくまった。続いて聞こえてくる、ひゅうひゅうという異常な呼吸音。

 分銅鎖には、二種類ある。
 長さ二メートル半の長スルジンと、一メートル半の短スルジン。彩果が普段使用しているのが前者。今放ったのが後者だ。
 短スルジンは鎖が短く分銅が小さいぶん、攻撃力が弱い。だから彩果は分銅に仕込みを入れていた。相手に当たった瞬間に、それが炸裂するように。
 仕込んでいたのは、催涙ガス入りのカプセルだ。
 個性出現前の時代に、暴動の鎮圧などで使用されていた薬剤。それを強力にしたものだ。敵に対する麻酔薬は違法だが、催涙ガスは現在においても合法である。
 一口に催涙ガスと言うと目くらまし程度に思われがちだが、それは大きな誤りだ。催涙ガスは、痛みの受容体を刺激する。それだけではなく、至近距離でくらった場合、気管支の痙攣を誘導し、呼吸困難を起こしてしまう。
 仕込んだ薬剤は強力だが、ごく少量。炸裂した場所から半径50センチ以内にいる人物のみが影響をうける程度だ。それ以上の薬剤を仕込めば攻撃範囲は広がるが、放った彩果にも影響が出る。
 しかも、その少量の薬剤を使えるのは一度きり。失敗したら後がない。
 だからこそ、相手を完全に油断させ、かつ充分にひきつける必要があった。

――この一撃のためなら、足の一本くらいくれてやる。

 彩果は息を止めたまま、呼吸困難を起こして苦しむ相手の頭部に、小さな分銅をたたき込んだ。

 がつん、という打撃音と、たしかな手応え。

 長身の男は軽く痙攣し、そのまま動かなくなった。
 彩果は大きく息をつく。

「そうね……切り札は最後まで取っておくものよ。……こんなふうにね」

 小さな呟きは、男の耳には届かなかった。

***

 山荘の様子は、明らかに異常だった。
 自然の中には珍しい、窓の少ないコンクリートうちっぱなしの建物。それを、これでもかと言わんばかりに、蔓や枝葉が覆っている。
 その不自然な造形物が誰の手によるものなのか、火を見るよりも明らかだ。

 皮肉なことに、オールマイトが現地に足を下ろしたのと、現地の警官隊が布陣を整えたのがほぼ同時だった。それについてオールマイトは軽いいらだちを覚えたが、特になにも言わなかった。
 このあたりは道が狭く、舗装もされていないため、車では進入できない。勾配のきつい道を徒歩で上がってきた彼らを、責めることはできないだろう。

「まず、私が行く」

 オールマイトは巻き付く樹木ごと扉を粉砕し、そこで驚くべきものを見た。

 それは床に倒れ伏す男たちと、スチール製の椅子に寄りかかるようにして立つ、彩果の姿。彼女の右手にはちいさなスルジン。その先に倒れているのは、こともあろうにフォレストだ。

――なんてことだ。大金星じゃないか。

「イーリス!」

 オールマイトの声に反応した彩果が、振り返ろうとし、バランスを崩して転倒した。

「大丈夫か?」

 慌てて彩果に駆け寄り抱きかかえ、そして転倒した理由に気づいて、愕然とした。

 君はこんな状態で、ひとり戦っていたのか。

 彩果の左足が、あらぬ方向にねじ曲がっている。これでは支えなしでは立てないはずだ。
 それなのに、彼女はオールマイトを押しのけて立ち上がろうとしていた。口の中で、小さくなにかを呟きながら。

「ほを……」
「え?」
「確保を……」

 見下ろした先の、瞳はうつろだった。もう、ほとんど意識もないだろう。それでも彼女は呟き続けていた。
 うわごとのように、敵の確保を、と。

「――わかった」

 オールマイトは彩果を抱えたまま、右手をあげた。と同時に、踏み込んできたのは警官隊だ。

「もう大丈夫だ。私が来た。それに逮捕は我々ではなく、警察の皆さんのお仕事だ」
「……」
「……私が誰だかわかるかい?」

 静かに問うと、彩果の瞳がやっとオールマイトをとらえた。そこではじめて、彼女は自分を抱きかかえているのが誰か、認識したようだった。

「……オールマイ……ト?」
「そうだ。君はよくやった。さすが私の相棒だ」
「ありがとう……ございます」

 安心したように、彩果が微笑んだ。ほこりまみれの傷だらけの顔で。
 だがその顔を、オールマイトは心から美しいと思った。

「もう、大丈夫だよ」

 もう一度静かにそう告げると、張り詰めていた気が緩んだのだろう、彩果はそのまま意識を手放した。

***

「自宅にシェフを呼ぶことができるなんて、知りませんでした」
「喜んでもらえたようで、よかったよ」

 からになったコーヒーカップをソーサー上に戻して、彩果が笑った。
 背後に控えていた給仕が彼女とオールマイトに一礼し、あいた皿をさげてゆく。

 彩果の頬が薔薇色に染まっているのは、食事にワインを供したからだ。もちろん、左足の傷に障らない程度の量だ。ポワソンには白、ヴィアンドには赤を、ほんの少しずつ。
 昨日の事件から一夜明け、彩果は退院してきたばかり。だが、せっかくの二十歳の誕生日だ。フレンチと共に、ワインを味わわせてやりたかった。

「少しお酒が入った君も、色っぽくていいね」

 片付けをすませたシェフと給仕が退室するのを待って、オールマイトが彩果に告げた。彩果はほんのり染まった頬を押さえながら、ちいさく笑う。

「そうなんですか? わたし、お酒はじめてなので、よくわからなくて」
「だろうね。だって君、今日が二十歳の誕生日じゃないか」
「そうでした」

 恥ずかしそうに笑う、彩果がいとしい。

「お腹は満足したかい?」
「はい。さすがにお腹いっぱいです」
「じゃあ、場所をうつそうか」

 松葉杖で歩こうとする彩果を制して、横抱きにし、バルコニーへと移動した。
 バースデーのディナーを自宅に変更して正解だった。さすがに店では、こんなまねはできない。

「すてきですね。夜景」

 オールマイトにとっては見慣れた景色だ。だが、彩果と見下ろす東京の街は、やっっぱり常より美しい。
 湾岸方面に視線を移すと、観覧車とブリッジが見えた。
 観覧車でのプロポーズが憧れなのだと、彼女は言った。それを現実のものにするのはどんな男なのだろうかと、オールマイトは軽く嫉妬した。
 彩果は覚えているだろうか。クリスマスの夜、虹色にライトアップされた橋を二人で渡ったことを。

「これからしばらくの間は、毎日見られるよ」
「あの……本当にいいんでしょうか?」
「もちろんさ。ただ、君がイヤなら話は別だけど」

 オールマイトは退院した彩果を家に帰さず、そのまま自宅マンションに連れてきた。

『その足では一人暮らしも大変不便だろう。ある程度良くなるまで、うちで過ごすといい。それに、うちからなら事務所も近い。通勤するにも楽だろう』

 とはいえ、ヒーローとしての業務はしばらく休ませるつもりだ。だが、それは今は言わない。
 また、このマンションには、居住者のゲストが宿泊できる部屋もある。それもあえて伝えはしない。
 オールマイトは嘘はつかない。ただ便宜的な手段――すなわち方便は使う。そして余計なことは言わない。それだけだ。

「さっき見てもらった通り、君が使う部屋には専用のサニタリーがある。だから、うちに住むと言っても、最低限のプライバシーは保たれると思うよ」

 このあたりのマンションにはよくあることだが、オールマイトの家には主寝室につながるバスルームの他に、サブベッドルームに直結したサニタリー――トイレと、洗面所と、浴室――があった。居室の鍵をかければ、彩果も安心して過ごせるだろう。
 そして彩果が側にいてくれれば、オールマイトもまた、安心して過ごせる。

 あの時、満身創痍で戦っていた彩果を見て、オールマイトは自分が彼女を見くびっていたことに気がついた。

 心のどこかで、守ってやらねばならないと思っていた。ずっと。
 けれど彼女は、そんなオールマイトの予想を超えた。戦闘向けではない個性で、ネームドを倒した。これ以上の金星はないだろう。
 彩果、君はよく努力した、本当に。
 オールマイトに会い、歓喜に震えながら涙した少女は、もういない。ここにいるのは、心身共に強くそして勇敢な、一人前のヒーローだ。

 そんな一人前のヒーローである彩果の行動を制限することは、できない。それは彼女を侮辱することにつながる。
 ただ、ケガをしている今、彩果が無理をしないか、それが心配だった。せめて傷が完全に癒えるまで、自分の目の届くところにいてほしい。
 オールマイトの本心はそこだった。

「君の合意なく不埒なまねをするつもりはないよ。そこは安心してくれていい」
「もちろん、そんな心配はしていません。オールマイトがそんなことをするはずがありませんから」
「え……」
「なんです」
「――イヤ……なんでもない」

 ――少しくらいは警戒して欲しいと思わないでもない。
 いや、怪我人に手をだすつもりはないけれど。

「ご迷惑をおかけしますが、しばらくの間、どうぞよろしくお願いします」

 彩果はそう告げて、深々とお辞儀をした。

「……そういえば昨日の事件、ちょっとだけ夕方のニュースで流れましたね」
「ああ」

 フォレストとその部下は海外製の薬物を大量に持ち込んでいた。薬物が流出していたら、大変なことになっていただろう。
 また、敵たちは大型ショッピングモールの襲撃を計画していた。実現されていたら、これもまた大事件だ。
 けれどこの捕り物によって、それらすべての事件は未然に防がれた。つまり、実際には何事も起きていないこの一件に、事件としての名はつかない。たいしたニュースにもならない。
『若手の敵グループと海外から帰国したネームドが逮捕された』という、ただそれだけの情報が、夕方の報道番組でさらっと流れただけだ。
 しかも彩果の存在はシークレットだ。捕り物に協力したヒーローがいることは明らかにされているが、彩果の名前は発表されない。
 イーリスの名前を知る一般人は、誰もいない。今までも、そしてきっと、これからも。

「こういうとき、君の名が世に出ないことを、心から残念に思うよ」
「いいえ」

 しずかに首を振りながら、彩果がこたえる。

「わたしは、有名になりたかったわけではありませんから」
「……」
「一人の犠牲者もなく敵を捕らえることができて、よかったです」

 オールマイトは、しみじみ思う。彩果のこういうところに、深く強く惹かれたのだと。

「オールマイト?」

 不思議そうに、彩果がこちらを見上げている。人差し指を立て左右に振りながら、ウインクを返した。

「俊典、と」
「あ」

 口元に手をあてた彩果の頭頂部に、軽く唇を落とした。
 爽やかな五月の風が、ふたりの上を通り過ぎる。幸せすぎて、怖いくらいだ。

「おや、珍しい。ごらん、月暈だ」

 なんとなく照れくさくなって、天空を指した。
 今宵は満月。その美々しく輝く月のまわりに、大きな光の輪がかかっている。

「白虹もしくは月虹と言う人もいるね」
「……きれいですね」

 君ほどじゃない、という言葉を飲み込みながら、オールマイトは続けた。

「月の虹といえばさ」
「はい」
「ムーンボウっていうのがあってね」
「ムーンボウ?」
「月光で生じる虹のことだよ」
「夜なのに虹が出るんですか? 月にかかるかさではなく、雨上がりに出る虹ですよね?」
「ああ。七色の虹だよ。マウイ島で見られるらしい。現地でも珍しい現象でね、ムーンボウを見た人には幸せが訪れるとか、願いが叶えられるとか、そんな伝説があるくらいだ。ただ月の光の中に浮かび上がる七色の虹は、それは幻想的らしいぜ」
「すてき……」
「いつか、一緒に見に行こう」
「はい」

 会話が途切れたのと同時に、オールマイトは彩果の顎に手をかけた。
 ゆっくりと顔を近づけて、彩果と唇を合わせる。はじめは触れるだけの優しいキスだ。愛しい娘の柔らかなくちびるを楽しみながら、オールマイトは徐々に口づけを深めていった。

 『オールマイト』には、倒さねばならない強大な敵がいる。だから、このままずっと、彩果とこうしていられないことは、わかっている。

 それでもひとりの人間として、願わずにはいられない。
 口にしたら、君は引くだろうか。それとも笑ってくれるだろうか。

 願うのは一つ。それは君との、幸福な未来。

2020.8.28
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月とうさぎ