Day by Day

「いい生徒がいるんだ。来年の春、卒業予定の子なんだけど」

 雄英高校の校長から直接連絡をもらったのは、オールマイトが捜査専門の相棒に退職の相談をされた、数日後のことだった。

「先生。うちは……」
「最後まで聞きなって。君んとこ、捜査専門の相棒が退職する予定なんだろ?」
「どうしてそれを?」
「それくらいの情報収集力はあるのさ。お薦めしたい子はね、捜査向きの個性を持ってるんだ。それだけじゃない、温和怜悧で英明果敢な才色兼備さ。どうだい?」
「待ってください。才色兼備ということは、女生徒ですか?」
「そうだよ? なにか問題あるかい?」

 来春雄英を卒業する、捜査向きの個性を持った、見目麗しい学術優秀な生徒。思い当たる少女が一人いる。

「まさか、姿月少女では?」
「よくわかったね。君も覚えていたかい。だったら話が早い。まずはインターンとして受け入れてほしいのさ。もちろん、卒業後、君の事務所に入所することを前提にね」

 姿月彩果、彼女のことはよく覚えている。だがそれは、彼女が美少女であったからでも、優秀であったからでもなかった。
 少女は自分を見ただけで泣いてしまった。オールマイトの熱烈なファンでいてくれるのは嬉しいが、さすがに情緒不安定が過ぎる。せっかくいいものを持っているのに、残念なことだと思っていた。
 あのメンタリティーでは、おそらくこの業界ではやっていけまい。少なくとも、我が事務所では無理だろう。学生気分で来られても、また泣かれても非常に困る。

「いや、校長。その子は」
「優秀な子だよ。入学してからこれまで、ずっとトップクラスの成績をキープし続けている。人となりも保証する。それだけじゃない。姿月くんは先日両親を亡くしたばかりでね。頼れる親戚もいないみたいなんだ。信じられるかい? 十八歳にして天涯孤独の身になってしまったんだよ、姿月くんは」
「先生。それについては気の毒とは思いますが、それとこれとは話が……」
「それにさ」

 オールマイトの言葉を遮り、校長は続ける。

「君んとこ、福利厚生しっかりしてるだろ。姿月くんは後ろ盾もなければ帰る場所もないんだ。そんな姿月くんにはさ、所長が信頼できる人物であり、なおかつ福利厚生がしっかりした事務所に入ってもらいたいと、校長としても思うわけさ。そうしたら偶然にも、君んとこの捜査に長けた相棒が退職するっていうじゃないか」
「はぁ」
「どうだい? 育成も兼ねて、やってみないか。さっきも言ったが、彼女はとても優秀さ」

 精神的な安定はどうあれ、姿月彩果は、たしかに優秀ではあった。例の授業の時も、彼女の動きはクラスでも一二を争うレベルだった。とにかく、姿を消すタイミングが絶妙なのだ。あれは個性だけに頼った動きではなかった。おそらくは、幼い頃からなんらかの武道、もしくは格闘術をたしなんできた者の、体捌き。
 それに、雄英の校長は人を見る目は確かだ。同時に大変な切れ者でもある。その校長が、情だけで生徒を推挙するとは思えない。
 福利厚生が良い優良なヒーロー事務所など、たくさんある。その中で我が事務所をターゲットにしたのにも、校長なりの理由づけがあるように思われた。
 それだけではない。オールマイトにとって、校長は恩師でもある。自らの本名とOFAについて知る、数少ない人間のひとりだ。その恩師からの直接の頼みを、試しもせずに断ることもためらわれる。
 しばしの無言を肯定ととったのか、校長が受話器の向こうでくすりと笑った。

「じゃあ、オーケーってことでいいかい?」
「わかりました」

 諦めの境地で、そう答えた。幸いにして、オールマイトの事務所には、優秀なブレーンが一人いる。他人にも自分にも厳しいサー・ナイトアイが、中途半端な生徒を受け入れるとは思えない。使えないと判断すれば、仕事に関しては冷徹な彼のこと。その場で引導を渡すだろう。

「しかし先生、条件があります。短期ではなく、長期のインターンとして通ってもらうこと。それに、すぐ正規採用にはできません。卒業後も三ヶ月の研修期間を設けさせていただきます。それでうちには合わないと判断した場合、入所は諦めてもらいます。私が相棒を取らないことは有名ですから、正規採用にいたらずとも、うちで修行をしていたと言えば、彼女の経歴に傷がつくことはないでしょう」
「気に入らなかったら他に丸投げするってことかい? 君らしくないね」
「校長……言い方……」
「まあ、いいさ。絶対に君は彼女を気に入るだろうからね」

 そこで雄英校長からの電話は切れた。楽しげに告げられた最後の言葉が、なぜか強く、心に残った。


 それがだ、と、高層タワーから夕焼けに染まる六本木の町並みを見下ろしながら、オールマイトはため息をついた。

 オールマイトの事務所に務めるヒーローは、現在三人。所長たるオールマイトを含めてだ。
 そのほかに、経理や公的書類作成等の事務を担当する非常勤のスタッフが二人いる。
 ナイトアイも事務仕事は得意なのだが、本来のヒーロー業務を含め、彼に課せられるタスクがあまりにも過多なため、一般的な事務は専門の職員を雇い入れることに相成った。なにせオールマイトのスケジュール管理も、ナイトアイの仕事なのだ。
 そのサー・ナイトアイが姿月彩果の教育係になった。
 ナイトアイは当初の予定である連休、長期休暇の時のみならず、彼が必要と判断した時には、平日にも彩果を呼び出し、彼女はそれを積極的にこなした。
 雄英学校長の言うとおり、姿月彩果は大変勤勉なインターン生だった。

「想像以上に、よくやっている」

 厳しいことで有名なナイトアイがそう舌を巻くほどに。

 ファン気分が抜けぬようなら一括しなければならないと身構えていたことも、オールマイトの杞憂に終わった。
 かつてオールマイトを前にしただけで泣いてしまった生徒とは思えないくらい、彩果の態度はそっけなかった。
 いや、そっけないという表現は適切ではない。ただ本当に、彩果の態度はどこまでも、一般的なヒーローを前にした真面目で熱心なインターンのそれであったのだ。

 ヒーローの卵や新人……ことに若い女性は、たいていにおいてオールマイトに熱い視線を送る。それは憧憬や恋慕、あるいはその両方が入り交じった感情が多分に含まれたものだ。しかし、彩果はそのどちらでもなかった。真面目でさりげなく、そしてそつのない接し方。

 彩果の反応は、新鮮かつ小さな衝撃を、オールマイトに与えた。

 むろん、オールマイトにもアンチはいる。けれど嫌いという感情は、相手に対する感情の大きさだけでいえば、好きと同義だ。「好き」の対義語は「嫌い」ではなく、また「愛」の対義語も「憎悪」ではない。好意の対義語は無関心だと、オールマイトはここ数ヶ月の間で実感していた。
 ほっとしたような残念なような、妙な気分だった。

「まったく、自分でもあきれるな」

 女性からもてはやされることに慣れきってしまっていた己を恥じ入りながら、オールマイトはもう一度、小さく息をつく。
 と、その時、事務所の扉が開いた。

「……オールマイト!」

 オールマイトがいることに、彩果は一瞬たじろいだようすだった。さもありなん。自らの事務所ではあるが、外での活動の多いオールマイトが、この場にいるのは珍しいことだ。
 しかし彩果は、動揺をすぐに平静なる仮面の中に押し込んだ。少なくとも、オールマイトにはそのように見えた。

「お戻りだったのですか」
「うん。ちょっとだけね。君は捜査?」
「はい。先ほどまでサーと一緒でした」
「なるほど、じゃあ報告その他は彼からでいいかな」

 どこまでも事務的なやりとり。仮面のように動かぬ表情。それがなんとも、オールマイトにとってはものたりない。

「君も疲れたろう。今日はもういいよ。それとも帰る前にお茶でも飲むかい?」
「ありがとうございます。オールマイトもなにか飲まれますか」
「あ、ああ……そうだね」

 わかりました、と答えてウオーター&コーヒーサーバーに向かう、彩果の後ろ姿を見守った。
 事務所のサーバーは全自動だ。内部の洗浄からコーヒーの抽出まで、すべて機械がやってくれる。そのうえコーヒー――豆の種類や焙煎方法も多々用意され、そのうえ砂糖やミルクの量も選べる――のみでなく、紅茶、ほうじ茶、緑茶、温水、冷水と、種類も豊富だ。容器は使い捨ての紙カップなので、食器を洗う必要もない。
 欲しい時に欲しい人間が「自分で」飲み物を用意できるよう、効率を重視するナイトアイが選んだ機械だ。

「今日は何をお飲みになりますか?」

 淡々とした声だったが、続いた言葉はオールマイトを喜ばせるに充分だった。

「いつも、気分で豆や焙煎を変えていらしゃいますよね」
「ありがとう。よく見てくれているね」
「上司の好みを把握するのも、新人の仕事のひとつだととらえています」

 さらりと言われ、オールマイトは自分が落胆していることに気がつき、動揺した。公私混同されても困るくせに、相手が自分に憧憬の目を向けないことを物足りなく感じるなんて。
 これではまるで、彩果に気があるようではないか。十八歳になったばかりの、ほんの子供に。

「ナイトアイは温めの玉露や中煎りのブルーマウンテンを好まれますし、事務方のお二人は紅茶党ですよね。そしてオールマイトは、いつもその日の気分でコーヒー豆や焙煎を変えていらっしゃる」
「そうだね……今日はコロンビアで頼むよ」
「はい」

 なんとなく落ち着かなくて、オールマイトは窓の外に視線を転じた。冬の摩天楼はグレイ。だが日の出と日の入りの時刻は別だ。落日がビルの谷間をオレンジ色に染め上げる。灰色のビルと鮮やかな橙色のコントラストのすばらしさ。
 目前には、真冬の美しい夕焼け。機械が豆を砕く音に続いて、室内を満たしていくのは、コーヒーの馥郁とした香り。

「あ、オールマイト」

 声をかけられ、サーバーの前に立つ、硬質の美貌の持ち主に視線を移した。

「なんだい?」
「ブラックでよろしいですか?」
「うん」

 はいと答えた、花のかんばせ。その笑顔が眩しかった。オレンジ色に輝く、日没と同じくらいに。
 いい笑顔だ。もっとその顔を見せてくれ。そう思ってしまった自分に、オールマイトは少しあきれ、それをごまかすように口を開いた。

「ああ、君。年末年始は休んでいいからね」

 犯罪集団に正月はない。むしろ年末年始は事件が増える。だからオールマイトとナイトアイは、例年通り交代で事務所に詰める予定だ。また家にいるときでも、有事にそなえ、いつでも出動できる心づもりでいる。が、さすがに、学生には休みを取らせるつもりでいた。

「え?」

 だが彩果は、オールマイトの予想に反して、ひどく困惑したような表情をした。
 インターンが始まってからというもの、彩果は感情をあまり表情に出さないように見えた。たまに出したとしても、すぐにそれを冷静な仮面の下へと押し込めていた。だから彩果がこうして感情を表に出したままでいるのは、ひどく珍しいことだった。
 悪くない、と、オールマイトは思った。とりすましたインターン生としての顔ではなく、彼女の素をもっと見たいと。

「おや、熱心だね。でもね、休めるときには休まないといけないよ」

 業界でも一二を争うワーカホリックのくせに、よくそんなことが言えたものだと、心の中で己に悪態をつきつつ、オールマイトは彩果に向かって微笑んだ。
 戸惑いながらも彩果はうなずき、そしてサーバーの扉を開けた。ちょうどコーヒーができあがったようだ。手渡された飲料は、どこまでも熱く、黒く、そしておそらく美味だろう。
 彩果は続けてボタンを押した。マンデリン、フレンチロースト、ミルク倍量。それが君の好みか、覚えたぞ、とオールマイトは内心でひとりごちる。

「で、お正月はどうするんだい?」
「ひとりで過ごす予定です」

 実家に帰らないのかい、と、問おうとし、すんでのところでそれをとどめた。雄英校長の言葉を思い出したからだ。

――姿月はわずか十八にして、天涯孤独の身になってしまったんだ。
 
 彩果が、曖昧に微笑んだ。が、それは先ほど彼女が見せた大輪の花が開くような笑顔でなく、瞳に深く暗い光を宿した仮面のような笑みだった。
 オールマイトは自らの不用意な発言を、心から悔いた。

「……そうか」
「はい。だから事務所がお休みでなければ、年末年始もここで勉強させていただけませんか」

 無理矢理口角を上げるようにして、彩果は微笑み続けた。
 笑っているのに、泣いているようにしか見えない顔。けなげなようすに、胸が痛んだ。

「それについては了解した。だが、イーリス」
「はい」
「泣きたいときは、泣いてもいいんだぜ」
「……そんな風に見えましたでしょうか」

 気丈にもそう答える彩果は、ますます痛々しく見えた。

「先ほどの話で、そう取られてしまったならすみません。ですがわたしはヒーローの卵ですし、わたしよりもつらい思いをしている人はたくさんいます。めそめそしている時間はありません」
「うん、そうかもしれないね。でもね、姿月少女」

 と、ヒーロー名ではなく、あえて彼女の名を呼んだ。

「自分よりもつらい思いをしている人がいるからといって、君が涙をこらえる必要はないんだ。他の人の悲しみは他の人のもので、君の悲しみは君だけのものだろう」
「……っ……」

 声を詰まらせながら、ちいさく、ありがとうございます、と答えた彩果。それでも一筋たりとも涙を見せない少女の気丈さが、いじらしい。

 オールマイトの胸の中に、己の内部から突き動かされるような、うねりのような感情が生まれた。衝動的、動物的とも言えるこの感情の名を、オールマイトは知っている。ヒーローとして活動するようになってから、いや、師匠を失ったあの日から、自分には関係がないと、あえて切り捨ててきた感情だ。
 それをこんなにも若い、少女と言っていいような年齢の、しかも自らの部下になろうとしている相手に抱いてしまったことに、オールマイトは内心ひどく狼狽していた。

 いや、こんなものはただの同情だ。気の迷いにすぎない。

 自らのうちに生じた感情をそう位置づけながら、つとめて明るく、オールマイトは続けた。
 とにかく今は、この少女を元気づけなくてはいけない。

「ようし、じゃあオジサンからひとつ提案。これから一緒に食事をしよう。もちろん、君さえよければ、だが」
「お誘いありがとうございます。でも、いいんですか?」
「よくないのに誘ったりはしないよ」
「ありがとうございます。お相伴に与ります」
「ははっ、そんなにかしこまる必要はないさ。ところで君は、なにが食べたい?」

 自分のペースを取り戻しながら、オールマイトはわざと大仰にウインクをした。
 お嬢さんの希望はカフェ飯だろうか、イタリアンだろうか、それとも背伸びしてフレンチだろうか。

「わたし、お肉が食べたいです」
「肉、かい?」
「はい。お肉です。牛丼とか。とにかくがっつりしたものが食べたいです」

 これが若さか、恐るべし十代。自分には、女性相手に牛丼という選択肢はなかった――と、オールマイトは内心で呟いた。
 そして次の瞬間、オールマイトは自分が姿月を「少女」ではなく「女性」と認識していることに気がついて、再び慌てた。

「あの……変でしょうか?」
「いや、そんなことないよ。がっつりか。だったらステーキはどうだい?」
「大好きです。あ、でも……わたし持ち合わせがそんなになくて、ハンバーガーなら大丈夫です」
「あのね、イーリス」

 と、今度はあえて、彩果をヒーロー名を呼んだ。

「はい」
「君の雇い主は誰だい?」
「オールマイトです」
「だからね、食事代は私が持つよ。日頃頑張ってくれている君への、ご褒美みたいなものと思ってくれればいい」
「ご褒美ですか」
「うん。じゃあ、いこうか」
「はい」

 と、もう一度笑んだ彩果の笑顔は、大輪の花が咲くようだった。

***

「よく食べるね」

 四百グラムの分厚い肉を、ぺろりと食べてしまった彩果に驚いた。細い身体に似合わず、彼女はかなりの健啖家であるようだ。まったく見事な食べっぷり。
 これはこれで悪くないなと、オールマイトは密かに思った。

「はい。サーにもよく言われます」

 満面の笑みと共に放たれた言葉に、オールマイトの胸の奥にごくごく小さななにかが生まれた。チャコールグレーの暗い靄のような、仄暗いなにかが。

「ナイトアイとも食事をしたのかい?」
「はい。何度かお昼をごちそうになったことがあります。一緒に活動することが多いので」
「ああ、そうか。確かにそうだね」

 もともとオールマイトは、戦闘時、他のヒーローとはほとんど組まない。相手がついてこられないことがほとんどであるし、オールマイト自身が、戦闘においてのサポートを必要としていないからだ。
 また名プレーヤーは名監督にはなり得ないという格言通り、オールマイトは教えることがあまり得意ではなかった。戦闘においても救助活動においても、また学校の勉強においても、たいていのことがすぐにできてしまったからだ。
 実践の中で身体で覚える。オールマイトはそういうタイプだった。

 それに比べて、ナイトアイは理論派だ。だからだろう。彼は教えるのがうまかった。それに、一般的にはブレーンとしての印象が強いようだが、ナイトアイは戦っても強い。
 いささか厳しすぎるきらいはあるが、的確な指導をするという点では、新人の教育係としてはうってつけだ。

 だから彩果のことは、ナイトアイに一任していた。それを決めたのは自分のはずだった。
 なのになんだろう、この、胸の奥に生じた、ひどく薄暗い感情は。

「ナイトアイの指導は厳しいだろう」
「はい。でもとても勉強になります。また調査においても、戦闘においても、予測することの大切さを教えていただきました」
「ああ、戦闘といえば」
「はい」

 意図的に話題をそらした。彩果の口からナイトアイの話を聞きたくないという、それは実に子供じみた理由だった。

「以前雄英で授業したときに思ったんだが、君の動きは少し変わっているよね。なにかやってたの?」
「はい。実家の近くに古武術の道場があったので、そこに通っていました。五歳で始めて、今も時間があるときは道場に顔を出しています」
「ああ、なるほど。身のこなしに隙がないのはそのためか」
「ありがとうございます。武術はできるだけ続けたいと思っています。わたしの個性は、戦闘に特化したものではないので」
「その意気はいいね。ああ、デザートがきたようだよ」

 給仕の押すワゴンを確認した彩果の瞳が、きらきらと輝く。年齢相応の屈託のない表情を見て、オールマイトはもう一度、悪くない、と内心で呟いた。

「どうしよう、どれもおいしそうで、迷ってしまいます」

 ワゴンの中に並ぶいくつかのデザートを前に、彩果が軽く眉を下げた。

「よければ私の分もどうぞ。二つ選べばいい」
「え、でも……」
「いいんだ。私はね、糖質を節制しているんだよ。だが君は、まだ身体づくりの最中だ。食べたいものを欲しいだけ食べなさい」
「ありがとうございます」
「君のたべっぷりは気持ちがいい。よければ、また一緒に食事をしよう。もちろん、次はナイトアイも誘って」
「はい。よろしくお願いします」

 そう言って頭を下げた彩果に、こちらこそ、とウインクを返した。
 そうしてオールマイトは、コーヒーをゆっくりと飲み干した。自らの中に生じかけた感情から、目をそらしながら。

2019.8.31
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月とうさぎ