けれど小夜のこころに根付いた花を育む大地は、まだ冬のままだ。空に向かって伸びた茎とその先についたかたいつぼみは、春のおひさまの訪れを待ち続けている。
「湧水。大丈夫か」
昼食をとるために立ち上がった小夜に、そう声をかけてきたのは係長だ。
「顔色が悪いぞ」
「ありがとうございます。大丈夫です」
「たまには休んだらどうだ。君はこの一年ほとんど有休を取っていないだろう」
「はい……言われてみればそうですね」
「年度内に一日二日でいいから消化しろ。検討しておけよ」
「はい」
有休をとれと言われても、そんな気分にはなれない。
だが係長の言い分もわかる気がした。ウィクトーリア社はホワイト企業だ。社員の有給休暇取得率については人事と組合が目を光らせ、場合によっては管理職に取得要請が出ることもある。つまり、部下の有休取得率の低い中間管理職は、その上からの評価が下がるというわけだ。
「まあ、有休のまえにお昼よねぇ」
とひとりごち、小夜はフロア内を見回した。
営業という仕事の特殊性もあってか、昼休みに社内に残る社員は少ない。
かといって、外に出る気にはならなかった。さきほどデザイナーの切江が誘いに来たが、適当な理由をつけて断った。
この頃、あまり食欲がない。小さな惣菜パンひとつすら食べきれないこともある。そんな姿を見せたら、おそらく人のいい切江は心配するだろう。彼女には申し訳ないが、今はそういったことすべてが少しわずらわしかった。
小夜は端から三つ目の個人ブースを選んで、腰を下ろした。
企画営業部は係ごとのユニットに分かれ、そこにそれぞれの席がある。またそれとは別に、担当グループごとの打ち合わせで使える少人数用のブースが数個と、個人用のブースがいくつか用意されていた。むろん、会議室は会議室で別にある。
フロア内のすべてのブースは、あいてさえいれば各自が好きに使える。ひとりになりたいときにはちょうどいいスペースだ。大きな企業は福利厚生だけでなく、こうした環境も整えられているからありがたい。
窓に面した個人ブースからは、外の景色がよく見える。よく晴れた都会の街が。
街路樹のプラタナスはまだ冬姿のままだが、もう少ししたら新緑が芽吹くことだろう。
春の訪れを感じながらため息をついた小夜の前には、コンビニで買ったカフェオレと、ポテトサラダを挟んだ惣菜パンがひとつ。
だが結局、それすら食べきれなくて、机上に置いた。
――小夜ちゃん、それしか食わへんのかいな。もっと食べなあかんやん。
聞こえないはずの声が聞こえたような気がして、小夜は唇を噛みしめた。瞳にせり上がってきた水分で、窓の外に広がる春の街が歪む。
このところ、ずっとこんなふうだ。
あのひとの不在がこんなにも心に影を落としてしまう。信じて待つときめたのに。こんなしめっぽいことでは、いけないのに。
小さなため息をひとつついて、小夜は自身のノートパソコンを開いた。目的はローカルニュースの検索だ。
おそらく、ファットガムの受けた案件は全国区のニュースにはのらないだろう。だから毎日、北海道から沖縄までのローカルニュースを目を皿のようにして確認する。それがここ最近の、小夜の習慣になっていた。
「あ」
という声と共に、タッチパッドをスクロールしていた二本の指がとまった。
画面には「地域」「東京」と、そして彼のヒーロー名が小さく記載されている。
ふたたび盛り上がりかけた涙を気力で止めて、小夜は画面に見入った。
それは本当に、簡単で小さなニュースだった。今日の明け方、都内で中東系の敵の摘発があったと書かれているだけの。
ファットガムの名は、協力者のところにあった。
「終わったんだ……」
ほっと息をついた。
小さな記事だが、協力者のところに彼の名があり、死者が出たとも書かれていない。だからきっと、ファットガムは無事だろう。
事件が解決したのが今日の明け方であるのなら、そろそろ連絡が来るかもしれない。
小夜は目を閉じて、もう一度大きく息をついた。涙がぽろぽろとこぼれたが、今は泣いてもいいのだと思った。
個人ブースのなかで声を出さずにひとしきり泣き、小夜は残っていたカフェオレを口に含んだ。現金な話だが、急に食欲が湧いてきた。
カフェオレだけでなく、残すつもりだったパンもすべて平らげた。
もう一つくらい食べられたなと思いつつ、小夜はふたたびパソコンに向かった。
ローカルニュースでも、記者や新聞社によって内容や情報が微妙に異なることがあるからだ。今はもう少し詳細な情報が欲しかった。
だが大手新聞社のニュースをいくつか確認したものの、どこも同じような記事ばかりだった。ファットガムの名は協力者のところに小さく書かれているだけ。ひどいところでは「ヒーローの協力」と書かれているだけで、名すらない。
これが潜入捜査の報道か、と小夜は内心でひとりごちる。同時に頭をよぎったのは、理不尽という言葉だ。なんだろう。ひどくもやもやする。
ヒーロー関連の記事にはたいてい敵を取り押さえているヒーローの写真も載るものだが、それすらない。捜査の特殊性を思えばそれも当然なのだけれど、どうにも釈然としない気持ちが残った。
ネットのローカルニュースでこの扱いだ。関東ではいざしらず、こちらのテレビではほとんど取り上げられないだろう。
民衆は華やかなニュースを欲しがるものだ。
これがたとえば薬物を扱う敵の摘発ではなく、敵アジトの殲滅だったらどうだ。もしくは崩落した高層ビルからの救出や、強大な力を持った敵とヒーローの戦闘などであったなら。
そういったわかりやすくも刺激的な事件であったなら、おそらく人は容易に食いつく。
ヒーローの活動を娯楽のように考えている人々は多い。彼らは叫び、そして欲する。
もっと派手に、もっと刺激を、そしてもっと圧倒的な正義の力を見せてくれと。
だがこの世を支えているのは、そうしたわかりやすい正義による力の行使だけではない。小さな事件を解決することの積み重ねや、こまめに地元を練り歩き起こる事件を未然にふせぐことだ。ファットガムが日々そうしていたように。
この安穏たる平和な日々の裏には、多くのヒーローの努力や犠牲がある。なのにそこに思い至れる人間は、とても少ない。
ヒーロー飽和社会、それはひどくいびつな時代。
「でもきっと、彼はそういうことには頓着しないんだろうな……」
と、小夜はしごくちいさな声で独りごちた。
――他人の評価なんてどうでもええねん。俺は困ってる人を救けられればそれでええんや。
そう言いながらおひさまのように破顔するファットガムの姿が、脳裏に浮かんだ。
でも、と、小夜は思った。
ちいさな謎がひとつある。
地元の事件ならばいざしらず、こんな地味な、しかも潜入というファットガムでなくてもよさそうな関東の事件に、どうして彼は出向いたのだろう。
常日頃からあんなに大切にしている地元の警備を、一ヶ月も部下に任せて。
小夜の指はキーボードをたたき、タッチパッドをスクロールし続ける。もう少し詳しく書かれた記事はないだろうかと。
すると、フリーのジャーナリストの手によるひとつの記事にたどり着いた。
どうやって調べたのかわからないが、大手の新聞社よりもずっと詳しいことが書いてある。記者の名前は特田種男。
そこには敵組織が違法薬物を扱っていたことや、それによる被害がでた地域名までもが記載されていた。
そして記事を読み進めるたびに、小夜の顔から血の気が引いていった。
敵は少人数ではあるが、某国の軍事政府とつながりが深い慎重かつ危険な組織である。
過去に潜入した捜査員が三名死亡している。
敵の扱っていた違法薬物は、主に覚醒剤、そしてレイプ及びセックスドラック。
クスリによる被害が江洲羽でもおきたため、ファットガムが協力にあたった。
書かれていたなかで、小夜が気になったのはこの四点だ。
『江洲羽でも被害が出た、レイプドラッグ』
いや、でも、まさか。そんなはずがない。
うぬぼれすぎだ。いくらなんでも、小夜のために……それだけでファットガムが潜入までする道理がない。
けれど先日、相棒は問わなかったか。「ファットの潜入の理由聞いとる?」と。そしてすぐに彼は続けた。「あの人は口が裂けても言わへんやろな」と。
信じられない気持ちで、もういちど画面を見つめた。
『過去に潜入した捜査員が三名死亡している』
「そやって君が待っとってくれとる思たら、俺、めちゃめちゃ頑張れそうな気ィするんやわ」
「なんやこれ、ドラマとか映画やったら死亡フラグやんなぁ」
「大丈夫やで、危険はないんや」
そう言ってやさしく笑ったのは、個性を使えぬ、痩せた身体のファットガム。
「……っ……く」
漏れた声を抑えるために、口元を覆った。声は殺せるが、涙が出るのは止められなかった。
と、その時、声を出さずに慟哭を続ける小夜の前で、自身の携帯端末がおおきく震えた。
どきり、と心臓が大きく跳ね上がる。電話の主が誰か、予感はあった。
慌てて涙を拭って、画面を眺める。
そこにあるのは、予想通り彼の名だ。ヒーロー名ではない彼の本名、映し出される「豊満太志郎」の文字。
体中の血が逆流してきたような感覚に襲われながら、かろうじてホームボタンを押した。端末から流れてきたのは、待ち続けていた少ししゃがれた低音だ。
「小夜ちゃん?」
「……はい」
「俺ぇ」
「……はい」
「今、大丈夫?」
「はい」
「お昼ごはん、食べ終わっとった?」
どうしてこんなふうなんだろう。ファットガムから連絡があったら気の利いた言葉を伝えようと、あらかじめいろいろ考えていたはずなのに。
それなのに、はいという言葉しか返せない。泣いていることを気取られないようにするのが、精一杯で。
「今朝、全部終わったから。事後処理やらなんやらしてたら連絡がこんな時間になってもうたんやけど、昼休みやろうしちょうどええかなと思て」
もう一度、はいといらえた。涙声にならないように。
けれどそれでも、ファットガムには気取られてしまったようだった。
「なんや、心配かけてもうてすまんなぁ」
いいえと答えて、小夜は窓の外をみやった。
ヒーローたちが、ファットガムが命をかけて守っている平和な街の光景を。
「いま、どちらに?」
「ああ、今はまだ東京におるんや」
「もしかして病院ですか?」
歯切れの悪さを感じて、そうたずねた。きっとケガをしたのだろう。そういうことは、決して言わないひとだから。
「……念の為の検査入院や。明日には退院できるんちゃうかな」
少しの沈黙が、場に流れた。
ファットガムは人を心配させないための優しい嘘がつけるひと。そしてこのひとは、そういうことに関しては、絶対に本当のことを言わない。
だから小夜は話題を変えた。きっとこれに関しても、彼が本当のことを言わないであろうことは、充分わかっているけれど。
「あの……」
「ん?」
「今回の捜査、薬物を扱う中東系の敵だったとネットニュースで見ました。もしかして……江洲羽でも被害が出た薬物ですか? その、レイプドラッグの……」
「あー、それなぁ」
電話の向こうで彼が困ったように眉をさげて笑う姿が、見えたような気がした。
「許せへんやん。ああいうのは」
小夜はちいさく「はい」と言うにとどめた。本当のことが今はっきりとわかったし、きっとファットガムはこれ以上のことを絶対言わないであろうから。
「なあ」
と、ファットガムが声のトーンを落としてささやいた。
それは、低いけれども甘い声。
「はよ会いたいわ。このひと月、ずっと君んことばかり考えとった」
「わたしもです……」
あんな……というささやきに続いた、やっぱ直接会ったときにな、というハスキーな声。
「あ、もう一時んなってまうな。君、ぼちぼち仕事戻らなあかんやろ」
「はい……」
「ほな……またな」
また、と答えて、小夜は春のおひさまのようなひととの通話を切った。
***
「寒そう……」
小夜はひとりごちながら、会議室から外を見やった。
時刻は午前十一時五十五分。
ファットガムが退院し、関西に戻ったのは事件解決の翌日。
けれど想像以上に諸々が立て込んでいるとのことで――所長がひと月以上も事務所を離れていたのだ。それも当然だろう――すぐに会うことはできなかった。
なんだかんだと時間が流れ、三日経った今日の午後、やっと会えることになっている。
約束の時間は午後二時。小夜が江洲羽まで出向く予定だ。
事件解決から今日までの間、小夜にとっては意外なことに、ファットからは毎日連絡がきた。通話の時もあれば、短いLIMEメッセージだけの日もあった。
これが普通であるのかそうでないのかは、男性とつきあったことのない小夜にはよくわからない。ただ、彼から連絡がくると、とても嬉しい。
今日は一日休みを取りたいところだったけれど、どうしてもはずせぬグループ会議が午前に一件入ってしまった。おかげで今日は半休だ。
だが、その会議もさきほど無事終了した。書類を片付け、あと五分したら退勤できる。
それにしても、と小夜は心の中で呟いた。
今日は本当に寒い。
3月の半ばを過ぎたというのに、まるで真冬のようだ。しかも、いまにも一雨来そうな曇天模様。
降り出さないといいなと思いながら空を仰ぐ。と、背後から、同じように書類を片付けていた切江に声をかけられた。
「なんや今にも降りそうやん、ついてへんなぁ。あんたこのあと休みやろ」
「ほんとにね、できれば降らないでほしいんだけど」
ついてへんといえば、と切江が続ける。
「ファット大変やったなぁ。せっかく退院できたのに、また10針も縫ったんやて?」
「えっ?」
驚いて、持っていた書類を取り落とした。とたん、切江がしまったという顔になる。
それに気づいて、小夜の胸がちりりとうずいた。
「なんの話?」
「あ。いや、知らんかったん? そか……。せやけどたいしたことないって聞いとるで」
「10針って、大けがだと思うけど」
「せやな。うん。せや。大けがかもしれへんけど……なんや、今日から現場復帰するって話やから、大丈夫なんやないかな。回復早める個性治療も受けたって聞いとるし」
「……ずいぶんよく知ってるのね」
「アッ。いや、ちゃうねん。ほら、うち実家が江洲羽やん? せやからな、噂もいろいろ耳にすんねん」
切江はひどく慌てていた。同時に、自分の言い方もとても嫌な感じだ、とひそかに思った。
けれど心穏やかではいられない。
江洲羽のひとたちの情報網のすごさとそれが広がる速さは知っている。けれどだからといって、ケガや現場復帰のことはまだしも、個性治療のことまで切江が知っているのはどうしても納得がいかない。あまりにも詳しすぎる。
それに、と小夜は内心でひとりごちる。
いきなりファットガムの話になったことも不自然だ。切江はたぶん、小夜の気持ちに気がついていると思う。けれど彼女は粋な人だ。だからそれについて、今まではなにも言われたことがない。
なのにどうしてこのタイミングで、切江はファットの話題を出したのだろう。
「噂になるの? 治療のことまで?」
「なるんやない? や、ほんま。実際なっとるし」
必死な様子の切江を見ていて、彼女のことをキリエちゃんと親しげに呼んでいたファットの顔が頭に浮かんだ。
とたん、どろりとした感情が胸の奥から湧き出した。
小夜の胸の奥深くに生じたのは、瘴気に満ちた黒い沼。毒にまみれたその沼には底がない。一度足を踏み入れてしまったら最後、もがけばもがくほど深みへと落ちていくだけだ。わかっている。わかってはいるけれど――。
「あー、もう!」
もやもやを抱えながら立ち尽くしていた小夜に向かって、切江が叫んだ。
その声に、はっとした。これと似たことが、以前に一度、なかっただろうか。
この一声が、この疑問が、嫉妬の沼に足を入れかけた小夜をその直前で踏みとどまらせた。
血を見てしまい小夜がおかしくなった時、彼女は同じことを叫び、そして言った。
「ここで泣いとってもしかたないやろ。待っとるから、ファットのとこ行ってちゃんと話してき」と。
あの場であんなふうに声をかけてくれた切江は、ぜったい悪いひとじゃない。このひとを嫌いにはなりたくない。
それになにより、今はファットガムのことを信じたかった。
「もうええわ。なんでうちがファットのこといろいろ知っとるか教えたる」
「いい」
「や、あんた気になるやろ。そいでもって、ぜったい誤解しとるやろ」
「……気になるけど、誤解かもしれないけど、もしかしたらわたしにとって悲しい話になるのかもしれないけど……そういうのは切江さんからではなく、ファットガムさんから直接聞きたい」
「え?」
「いい話も悪い話も、彼に関することはぜんぶファットさんから聞く。それなら何を言われたとしても、切江さんを恨んだりしないですむと思うから」
きっぱりと告げた。
切江は瞬きするほどの短い間、きょとんとした顔をしていたが、やがてゆっくりと微笑んだ。その笑みの理由を図りかね、困惑しながら、それでも目をそらさずに小夜は続ける。
「……じゃ、わたし午後有休とってるので、これで」
「ん」
ひらりと手を振った切江にきびすを返して、小夜は会議室を後にした。
「……ああいうとこにファットも惚れたんやろなぁ……。うちもあの子のああいうとこ、めっちゃ好きやわぁ」
切江の小さな呟きは、小夜の耳には届かなかった。
***
いったん家に帰って私服に着替え、小夜は約束の20分前に江洲羽に到着した。
どこで時間を潰そうかと街中をうろついていると、駅前でファットガムの相棒に出くわした。顔立ちの整った、すらりとした彼だ。
あ、スケコマシさんだ……と失礼な二つ名を思いだしながら、小夜は小さく会釈する。と、なぜか彼は、すまなさそうな顔で小夜に近づいてきた。
「どーも」
「こんにちは。あの……」
「ん?」
「ファットさんが10針も縫ったって、本当ですか?」
小夜の質問に、彼はますます申し訳なさそうな顔をした。
「本当や。やけど、回復を早める個性治療も受けとるから心配ないで。すでに傷口はくっついとる。……ファットはいま極楽通りあたり回っとると思うから、本人から直接聞いたらええよ」
傷口が塞がったという言葉にほっとして、笑顔を返すと、相棒はまた眉を下げた。
「湧水さん」
「はい?」
「うちのが、ほんますまんなぁ」
所長、という言葉が抜けているが、きっとそういう意味だろう。シニカルを気取っているが、実は律儀なひとなのだと小夜は思う。
いいえと返して彼と別れ、教えられた通りへと歩を進めた。
そして相棒の言った通り、ファットガムは極楽通りの焼き鳥屋の前にいた。彼はすでにコミットから丸い巨体に変貌を遂げている。けれどその身体はいつもよりは一回り、いや二回りほど細いような気もする。
それでも、彼自身はとても元気そうだった。
ファットガムはにこやかに笑みながら、地元の人たちと言葉を交わしている。焼き鳥屋の前にいるのに、ファットガムは大きな鉄板を手にして、その上のたこ焼きをもしゃもしゃと食べ続けている。食べ方はきれいなのに、口の周りがなぜか汚れていくのはあいかわらずだ。
初見の人には意味がわからない光景だろうが、このあたりの人間はそんな彼を見慣れているためか、誰もつっこもうとはしない。
そう。これがBMIヒーロー・ファットガムのパトロール風景。
声をかけるか否か、小夜は少しの間逡巡した。邪魔をしていいものだろうか。
すると視線や気配を感じたのか、ファットガムがこちらに目線を投げた。
「ファットさん!」
目が合ったので、思いきって声をかける。
と、彼は小夜に向かってゆっくりと破顔した。おひさまに似た巨大な花がひらくように。
2021.5.9
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