この日のために、浮かれる世間を横目で見ながら、連休中の当番勤務をやり遂げた。
大輪のひまわりの前で想いを伝えてから、早ひと月半。心のつながりを第一に関係を深めてきたけれど、未だ小夜とは清い関係のままだ。
だが今夜は攻めの一手で行くつもりだ。とにもかくにもムード優先。
常連たちからの邪魔が入りやすいいつもの串カツ屋ではなく、夜景の見えるレストランを予約した。こじゃれた食事を楽しみながら、彼女の好きなスパークリングワインをハーフで嗜む。といっても、ファットガム自身はほとんど酒を飲んでいない。なぜなら、今夜だけは冷静さを失ってはいけないからだ。ハーフワイン一本くらいで酔う自分ではないけれど、もしもということもある。今宵だけはなにがあっても酔いに任せるわけにはいかない。最後まで責任を持って小夜をリードしなくては。
そう。漢、豊満太志郎。今夜はキメるつもりであります。
だがここからが問題だ、とファットガムは思案する。
なにしろ小夜ははじめてだろうし、ファットガム自身も女性とそういう関係になるのは四年ぶりだ。しかも情けないことに、前の彼女は年上で、きっかけ作りをしてくれたのも向こうからというていたらく。
「夜景、すてきだったね」
「そやなあ」
こっから先をどう切り出したらええやろなぁ、と思いながら、空を仰いだ。都会の夜空に輝くは、やや靄がかった晩春の朧月。金に輝く幾望も美しいが、春ならではのほのかに霞む朧な月も、また趣があるものだ。
「どうしたの?」
「いや、お月さんがきれいやなと思うて」
ごまかすように告げた言葉に、小夜も夜空を仰いた。
「なんや、前にもこないなことあったなぁ」
さりげなく小夜の手をとって、ファットが呟く。うん、と応えながら握り返してきた、小夜のてのひらのやわらかさ。
「あの時は満月だったね。今日のはたぶん寝待ち月」
「寝待ち月?」
「たしかね、19日目の月をそう言うんじゃなかったかな。寝床に入るくらいの時間にお月さまが出てくるから、寝待ち月」
「床に入るって、まだ九時やん」
「昔の人は寝るのが早かったんじゃない? 電気とかのない時代の話だし」
「ああ、そういうことか」
今宵の月を床の中からふたり一緒に眺めたい。そう告げたなら、小夜、君はどんな顔をするやろか。
そんな柄にもないことを考えた自分に少し苦笑して、ファットガムが小夜を見下ろす。
「さっきの店、気に入ってもらえたみたいでよかったわ。俺、あんまり女の子の好きそうな店知らへんから、相棒にいろいろ聞いたりしたんや」
「そうだったの。すごく嬉しい。ありがと」
小夜がファットの手をきゅっと握り、甘えるように寄りかかってきた。
ほろ酔いかげんの小夜の頬は、ばらいろに染まっている。その微かに上気している感じがたいへん色っぽい。
今夜は帰したくない、絶対に。
そう思ったら、次なる言葉がぽんと浮かんだ。元々、ファットガムはそう気の長いほうではない。変にきどったり、まわりくどいやり方も苦手な性分だ。ならばここは自分らしくいくしかない。正直に、率直に。
「なあ」
「ん?」
「このあとどないする? 小夜、明日休みやろ? 俺、まだ君を帰しとうないねん」
はっと息を飲む気配がして、小夜が黙り込んだ。
思わず、今のは冗談、と言いそうになったヘタレな自分を心の中で殴りつけ、ファットガムは彼女の言葉をただ待った。
やがて聞こえてきたのは、ごくごく小さな響きで。
「わたしも……もうちょっと太志郎さんと一緒にいたい」
「よっしゃァァー!」と叫びながらガッツポーズをキメる内なる己に、「喜ぶのはまだ早いで」と言い聞かせ、ファットガムは慎重に言葉を選ぶ。
「せやったら、うち来ぉへん? なんなら朝まで一緒にいようや」
さも今思いついたように言っているが、このために部屋も念入りに掃除したし、ベッドリネンもすべて新しいものに変えている。
これにも小夜はうなずいた。
「イケるで! 気張りや俺!」といきり立ち始めた己の雄に、ファットガムはもう一度「焦るな」と待ったをかけた。
なにしろ小夜は天然もののお嬢さんだ。ファットが妄想しているようなあれやこれやなど全く想像もせず、男の家でおしゃべりだけして夜を過ごすつもりでいる可能性もなきにしもあらず。
ここはやはり、事前に確認をしておくべきだ。互いのために。
「その、確認しときたいんやけど……男の家に泊まるっちゅうことの意味、わかっとる?」
告げたとたん、小夜の顔色がざっと変わった。
(うわ、その気なかったんか。あっっっぶな)
「ちゃう……ちゃうで! なんもせんよ! なんもせんけど、一応聞いてみとこ思うただけやから!」
やっすいセリフやな、とファットガムは内心で己に毒づいた。自分の口から、こんなセリフが出ようとは。
けれど小夜のリアクションは、ファットが想像したものとは全く違うものだった。彼女は大きく眉を下げ、ややがっかりしたような顔をしたのだ。
「……そう……」
「エー、どっちなん?」と、ファットガムは頭を抱えたくなった。
してもいいのか、だめなのか。この場合は、いったいどちらなのだろう。
(女心は複雑言うけど、これもそういうもんやろか。せやけどな、それは男も同じなんやで。オトココゴロも繊細やねん。君ははじめてかもしれへんけど、俺も君とははじめてや。せやからめっちゃ緊張すんねん。ヘタレやなんや言われよるけど、やっぱり俺は怖いんや。嫌われるのもそうやけど、君を傷つけてしまうんが俺はなにより怖いねん)
だから「漢 豊満太志郎」が告げる言葉は、やはりどこまでもまっすぐだ。
「や、したいですよ、したいです! ほんま、喉から手が出るほど君が欲しいですけども、いまみたいな顔させてまでは、しとうないねん」
「わたし、そんな変な顔してた?」
「変っちゅうか、不安そうな顔やな。せやけどな、俺は君が嫌がることは絶対にするつもりはあらへん。そこは安心しとってください……まあ……ええ言うてくれたらしますけれども……そらもう思い切り……」
「おもいきり?」
「ちゃう。思い切りちゃうで。今のは言葉のあややねん」
慌てて両手をぶんぶん振ると、小夜が困ったように眉をさげつつもかすかに笑った。
(ああ、その顔やなぁ。俺は君の笑顔が好きやねん)
だから宅飲みしつつ、夜が更けるまでのんびり話をするだけでも悪くない。そのために、小夜の好きそうな酒も買ってある。
用意したのはモエのロゼ。ドンペリやクリュッグほどのやり過ぎ感や気負いがなく、気軽でありながら特別感が出せるシャンパンと言えばこれだ――と、女にもてる相棒に教えてもらった。きっと小夜も喜ぶだろう。
……少し、いや、かなり残念ではあるけれど。自分のなかの男の部分が油断するとすぐに鎌首をもたげてきそうだけれど。それはそれだ。小夜が嫌だというのなら、こちらが辛抱すればいい。
「……どないする? 俺んち泊まり来る?」
「お邪魔します」
花が開くように、小夜がもう一度微笑んだ。
*
「さきお風呂いってええで」
給湯器から流れてきた給湯終了のメロディが終わるのを待って、ファットガムは小夜に告げた。
「うん。着替えに太志郎さんのTシャツ借りてもいい? 身長差があるから、ワンピースみたいになると思うの」
「ああ、ええよ。さすがに下着の替えになるもんはなくて申し訳ないけども」
「大丈夫。下着の替えは持ってきてるから」
「え?」
聞こえてきたとんでもない言葉に思わず目をむくと、小夜が耳まで真っ赤にして下を向いた。その意味を理解したファットガムもまた赤くなる。
「ちが……ちがうの。違うからね。……そういう意味じゃないの」
「お……おお……せやな……大丈夫やで。ちゃーんとわかっとる。ちゃうやんな」
赤面しながらバスルームへと消えた小夜を見送って、ファットガムは悶々としつつ頭をかきむしる。
わかっていると答えたけれど、本当は、全然、まったく、わからない。
これはいったいどちらだろうか。正しい答えはイエスかノーか。
落ち着け俺、とファットガムは心の中で叫んだ。そうだ。とにもかくにも冷静に。
敵を前にしたときはあんなに冷静でいられるというのに、どうして好きな女を前にするとこうまで動揺してしまうのか。相棒たちにはよくヘタレと笑われるけれど、こと女に対しては、本当にそうだと返さざるを得ない。
敵には強く女に弱いみんなの兄貴、豊満太志郎、またの名を漢ファットガム。
いつもは誇らしい「漢」とか「兄貴」という呼ばれ方が、なんだかやけにむなしく感じる。
ごくごくと水を飲み干して、まずは大きく深呼吸。次いでどすっと床に座り込み、太い腕を組んで考える。
(小夜はちゃう言うとったけど、下着の替えを用意しとるっちゅうことは、そういう心づもりがあるっちゅうことやろか。これはどないしたらええんやろ。手始めに、おっぱい触るくらいならええやろか……)
ハグやキスからではなく胸を触ることから考えてしまっているあたり、まったく冷静になれてはいない。
だがそれに気づけぬ男は、よからぬ思考をそのまま続ける。
(直にやのうて、こう、服の上からとか。ためしにちょこっとだけ。うん、指先でなんやこう、ちょぴっとだけ触って様子見るとか……あかんかな。ええんちゃうかな……うん。……指先でちょっとだけ……まずはちょぴっと触れてみるだけやで)
「太志郎さん?」
「うッわぁぁ!」
背後からかけられた声に、よからぬ妄想を続けていたファットは飛び上がらんばかりに驚いた。
「大丈夫?」
「お……おお、考え事しとったわ。ほんなら俺も風呂行ってくるから、適当にテレビでもなんでも見とって」
「ん」
とすん、と隣に座った小夜からは、当然ながら、普段自分が使っているシャンプーの香りがした。
***
ローテーブルの上にはふたつのフルートグラスとモエのロゼ。けれど淡いピンク色の酒はひとくちもまだ飲まれてはいない。細長いグラスの中で小さな泡が浮き上がっては消えていく。
「……ん……」
合わせられた唇の隙間から、小夜は小さな声を漏らした。その舌先に再び絡められた、分厚い舌。
大きな手が伸びてきて、乾かしたての小夜の髪を優しく撫でる。
互いのグラスを軽く合わせて、軽い口づけをかわしたのが始まりだった。はじめは触れるだけのキス。それが少しずつ、官能を多分に含む情熱的なものに変わっていった。
「……は」
ようやく解放されたとき、小夜はもう一度大きく息をついた。
小夜の髪をもう一度さらりと梳きながら、ファットがささやく。いつもの明るい声ではなく、少し掠れた甘い声で。
「参ったわ……そんな顔されたら、とまらなくなってまう……」
「ん……」
「その……ええやろか?」
金がかった琥珀色の瞳を見つめてちいさくうなずく。と、そのままふわりと抱き上げられた。
「大事にするで」
耳元でささやかれて、太い腕に抱かれたまま、もう一度合わせられた唇。
――と、その時、けたたましく鳴り響いた電子音。それはファットガムの端末から発されたものだ。
金色の眉がきつく寄せられ、続いて彼は、大きく肩を落とした。
「あの……ほんますんません……」
出動要請や……と大きな身体に似合わぬ小さな声でそう呟いて、ファットは小夜をソファの上にそっとおろした。
「……帰らんといてや……ほんま……好きにやっとってええから、待っとって」
眉をさげて不安げに懇願するのは、敵を前にしたときは一歩も引くことなく市民を守る、強く逞しいヒーローで。
その丸い顔に、そっと手を伸ばした。
「当たり前じゃない。ちゃんと待ってるから。気をつけてね」
「おおきに……」
口を大きくへの字に曲げて、ファットガムが大きな一歩を踏み出した。大きな手がそのまま自らのヒーロースーツに伸ばされる。
「ああ〜、俺、出動要請かかってこない行きとうない思うたんはじめてやぁ〜」
だが、こんなやる気のない言葉を吐き終える頃には、彼はすでに着替えを終えている。そんなところもやっぱり好きだと、小夜は思う。
「ほんじゃ、行ってきます」
巨体をひるがえして、ファットガムが夜の街へと飛び出した。
*
主のいなくなった部屋で、小夜は小さく息をつき、金がかった淡いピンクのお酒が入ったグラスを手に取った。細長いフルートグラスは口が狭いため香りも炭酸も抜けにくい。ぱちぱちと口の中で弾けるシャンパンを楽しみながら、小夜はふと、口元を緩めた。
ファットガムとつきあうようになってひと月半。次のデート――今日のことだ――は、お互いの休みの前日にと言われた時に、こういうことになる予感はしていた。だから前もって諸々お手入れをしたし、お泊まりに必要なものも持ってきた。
初めての行為についての覚悟も、ちゃんと決めたはずだった。
けれど――。
「男の部屋に泊まるっちゅうことの意味、わかっとる?」
あの時のファットガムの声はだめだ、と小夜は思う。
丸くてあんなにかわいいのに、あんなセクシーな声を出すなんて反則だ。だから思わず、変なことを考えて、変な顔をしてしまった。
変なこと。それはファットガムの男性的な部分のサイズのことだ。
身体の大きさと男性器の大きさは必ずしも一致しない、ということは知っている。もちろん比例している人もいるだろうが、小男のでか××という言葉があるように身体は小さくてもそこだけが大きいひともいれば、逆のひともいる。とにかく個人差のある部位だと聞いている。
けれど、ファットガムのそれは大きいと思う……というよりも、大きいらしい。
小夜は大きくため息をつく。
オールマイト、エンデヴァー、そしてファットガム。その三人のファールカップの大きさが規格外であることは、業界でも有名な話だった。そしてサポート会社でBMIヒーローファットガムの担当を務めている小夜は、実物――もちろん中身ではなくファールカップのほうだ――を目の当たりにしている。
自分の彼氏が業界でも有名な巨根となれば、最初の行為にためらいも出ようものだ。ましてや小夜は男性経験がない。ほんの一瞬、生じた惑い。
決して嫌だったわけではない。本当だ。
けれどファットガムに「嫌なら何もしない。いいと言われればする」と言われた時、どう答えたらいいかわからなかった。してもいいよと言うのもなんだか偉そうだし、かといって抱いてくださいと言うのはどう考えても無理だった。
けれど小夜がきちんと答えを出さない限り、優しいファットガムはきっとキス以上のことはしないだろう。
どっちつかずのままここまで来て、どうしようかと思っていたときにぽろりとこぼれた「下着の替えは持ってきた」という言葉。
ファットガムはそれですべてを察しただろう。もう、本当に恥ずかしい。恥ずかしいけれど、たぶん結果的にはあれでよかったのかもしれない。
(もし出動要請が来なくて、あのままだったら今頃は……)
「ひゃー……」
両手で顔を覆って、後ろのクッションの上にぽすんと倒れ込んだ。小夜の身体を受け止めたのは、大好きなひとを模して作った特製グッズ、ファットガム等身大クッションだ。
やさしくやわらかく全身を受け止めてくれる感覚は、まるで彼に包まれているよう。これが本人だったらいいのになと思いながら、小夜はころりと寝返りを打った。
***
「なかなかの相手やったな」
首をごきりとならしながら、ファットガムがひとりごちる。
今回の敵はなかなかだった。あれでは出動要請が来るはずだ。敵の個性はバズーカ。そんな個性を前にして、市民に被害を出さずに捕らえることができるのは、このあたりではファットガムくらいのものだろう。
バズーカだけあって一発の威力は膨大だった。けれどそれだけに、一発目を撃ったあと、次の攻撃に移るまでのタメがある。一発目の攻撃を市民をかばって受けた時、ファットガムはその事実に気づいた。その後は楽なものだ。二発目を受けきって、次の砲撃が来る前に、吸着した分のエネルギーを本人に返してやればいい。そしてもちろん、ファットはそうした。
しかしバズーカの威力を殺すのに、かなりの脂肪を燃焼させた。つまり、今のファットはいわゆるコミット状態で。
「まァ、このほうが動きやすいっちゃ動きやすいわな」
小夜ははじめてだろうから、スタンダードなほうがいい。だがいつもの身体でそれをすれば、彼女を潰しかねない。丸い身体での行為は、どうしても体位が限られる。くらべて今の身体であれば、どの体位にしろつつがなく行為をすすめられる。
もう一度風呂に入って、それからやなぁ……とにやけながら、ファットは自宅の扉をあけた。ところが――。
玄関扉に続いて開けたリビングの扉の先には、ファットの予想と妄想通り、愛しい小夜の姿がある。ひとつだけ違っていることは、彼女が眠っていたことだ。自分を模した等身大クッションの上で、すやすやと。
漢、豊満太志郎。がっくりと肩を落として、大きなため息。
(えええええ……寝てもうたん? ファットさん、大きな仕事の前と後は性欲強なるんやけど。すでに元気になっとるコイツを、俺はどないしたらええねん)
いっそ風呂場で抜いたるかと思いかけ、出てきた時に小夜が目覚めていたらもったいないと首を振る。続けてできないこともないけれど、否、ぜんぜん余裕でできるけれども、溜まっているときと出してすぐでは良さが全く別物だ。
(どうせやったら気持ちええほうがええやんなぁ。ちゅうて、叩き起こしてやらせろちゅうんは……なんぼなんでも最低やん)
ファットガムは自分を模したクッションのぽっこり突き出た腹の上で眠る小夜を、じっと見つめた。寝ている顔もやっぱりかわいい。一度も同衾してはいないのに、小夜の寝顔を見るのはこれで三度目。
小夜がいま、ファットガムの家でこんなふうにくつろいだ表情で眠れるのは、そこに愛情と信頼があるからだ。もちろんファットはそれを充分にわかっている。だからこそ思う。この信頼を裏切ったらあかん、絶対にや、と。
ファットはほろ苦く笑ってから、小夜をひょいと抱き上げた。てのひらにのこる小夜のぬくもり。愛しさがつのるあたたかさ。
彼女を抱き上げたとき、ほんの一瞬……一瞬だけ、せっかくやからちょっとだけおっぱい触ってみてもええやろか、とよからぬ思いを抱いたが、そんな内なる己を心の中でぶん殴り、ファットガムは小夜をベッドの上に横たえた。
「愛してんで」
すやすやと眠る小夜の寝顔にそう呟いて、ファットガムは浴室へと向かった。
*
気配を感じ、ファットガムは目を覚ました。自らの身体の下には、自らを模したクッションがある。感じた視線の方向に顔を向けると、ベッド上で青ざめ、困惑した表情の小夜と目が合った。
「あの……?」
「おはようさん」
つとめて明るくファットは告げる。なんやこれ、インフルエンザの時と逆やんなあ、と思いながら。
「わたし、もしかして寝ちゃってた? しかも太志郎さんのベッドで?」
「ちゃうちゃう。君はこのクッションで寝とったんや。風邪引かせたらあかん思うて、俺がそこに運んだんや」
「……ごめんなさい」
申し訳なさそうに、小夜はぺこりと頭を下げる。
「かまへんて。俺と君の仲やんか」
「だって、太志郎さん痩せちゃってるじゃない。……けっこう強い敵だった?」
「強いっちゅうか、攻撃力のある敵やったな。やから今回は俺やないとあかんかったわ。せやけどそんだけだったから、確保すんのにそない時間かからんかったで。攻撃受けきるのに脂肪使うただけやし、そう疲れてへんよ」
「……ごめんね」
「ええて。君かてクッションの上で寝てまうくらい疲れとったんやろ」
「ええとね、疲れてるっていうか、太志郎さんにだっこされてるみたいだなあって思って転がってたら、いつの間にか寝ちゃってたの」
「ン゛ン゛ッ゛」
(また君、そないなこと言うて。こういう天然の煽りが一番やっかいやねん。夕べの俺がどんだけ辛抱したか、ウブな君には想像もでけへんのやろな)
ファットは立ち上がり、ベッドサイドまで移動した。小夜は警戒するでもなく、にこにこしながらこちらを見上げている。
「小夜ちゃん」
「ん?」
最近は呼び捨てが多かったので、ちゃん付けは逆に新鮮だ。少し照れくさそうに小夜が笑う。
たまにはこっちから煽ってやるのもいいだろう。ベッドの上に腰掛けて、小夜の頬を指でつついた。
「ここで質問です。これから朝のコーヒーにする? 飯にする? それとも俺?」
小夜が驚いたように目を見開いた。ファットはすかさず距離を詰めた。目の前に、愛しい女の顔がある。
「ちなみに俺は、君がええなぁ。君はどない?」
ええ……と小さく呟きながら、怒ったように唇をとがらせる小夜。
「どうしていつも、そうやって聞いてくるの?」
「こういうことはちゃんと確認せなあかんやん」
な、と言いながら頬を撫でる。と、小夜は恥ずかしそうに目をそらした。そんな彼女がたまらなくかわいい。
「……さん」
「んん〜、聞こえへんなぁ。ちゃんと言うてえ」
「うそばっかり……聞こえてるくせに」
「せやなあ、聞こえてたわ。ほんなら」
ふふっと笑って、ファットガムは小夜をベッド上に横たえて、その上に覆い被さった。幸いにして小夜に嫌がるそぶりはない。そして自分も、もうこれ以上待つつもりはなかった。
「今からキメてもええですか?」
耳朶に唇を落として、低くささやく。
小夜は「ばか」と漏らしてから恥ずかしそうにファットを見上げ、そしてちいさくうなずいた。
2021.5.23
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