ファットガムはベッドサイドのテーブルに置かれたそれを手に取り、腿の上に座る小夜に手渡した。
(偽物より、絶対俺のほうがええやろ)
自身の腹に体重をあずけてグラスを傾ける小夜を背後から包み込みながら、ファットは心のなかで呟いた。
偽物とは、ファットガムを模した等身大クッションのことだ。つまりは自分が出した自分のグッズ。
以前から小夜はそれをたいそう気に入って、気づくと上に座っていたり、横になっていたりする。いないときはいいのだが、いるときはそちらではなく自分の上に座ってほしい。ファットは常々そう考えていた。
「ありがと」
小夜が答えて、薄いグラスに唇をつける。それを見届けて、ファットも自身のグラスを軽くあおった。
とたんに広がる、林檎とよく似た果実香。
「お。うまいなコレ」
「よかった」
「うん。俺は好きやな。こういうの」
うふ、と嬉しそうに小夜が笑った。かわいいなあ、とファットは思う。
本日のワインはプロセッコのスプマンテ。小夜が持参したものだ。華やかで香り高いが、やや辛口のワインだった。
「せやけど、小夜は甘めのスパークリングが好き言うとったやん。これ、ちょい辛めなんちゃう?」
「辛口だけどこれは美味しいから。それに太志郎さんは甘ったるいお酒よりこういうほうが好きかなって思って。ほら、前、山崎飲んでたでしょ?」
はにかみながら小夜がいらえる。
あー、もう。とファットは思った。
(小夜、そういうとこやで。俺。君のそういうとこに弱いねん)
「どうしたの?」
「や、俺の彼女めっちゃかわいいな思うて。幸せすぎて怖いくらいや」
小夜の髪に唇を落としてそう答え、ファットは自身の手の中のフルートグラスを見つめた。
小夜には話していないけれど、これは小夜のために購入したものだ。
一人でワインを嗜むこともあるが、ファットガムが好んで使うのは、ステムのないワイン用のタンブラー。
ワイングラスにありがちな細長いステムが、どうにも苦手なのだ。力を入れると、簡単に折れてしまいそうな気がして。
(買うてよかったな。小夜には華奢なフルートグラスがよう似合う)
と、ファットガムは軽く目を細めて微笑した。
大きく丸いころりとしたタンブラーが自分なら、この細長いグラスは小夜だ。だからファットは、小夜に触れるようにステムに触れる。そっと優しく。
「小夜が俺の為に選んでくれたこれ、めっちゃ美味いわ。林檎っぽい匂いがするんやな」
「プロセッコは果実みが強いんだよね。気に入ってもらえてよかった」
ん、と答えながら、ファットは自身のグラスにおかわりをつぐ。しゅわ、と音を立てながら、緑がかった金色の液体が細長いグラスに満たされていった。
「今度遊びにくる時はなににしようかな。太志郎さん、赤の重いのとか好き?」
「ああ、そういうのも好きやな。やけど俺、甘いのも好きやで。次は、小夜が好きでいつも飲んどる酒、一緒に飲みたいわ」
「わたしも太志郎さんが好きなお酒、一緒に飲みたいかも」
「ほんなら次から、家で会うときはかわりばんこに自分の好きなお酒を用意して、一緒に飲むことにしよか?」
「うん。じゃあ、今回わたしだったから次は太志郎さんね」
「ん。なににしよかな。小夜、日本酒大丈夫か? 俺、日本酒も好きやねん。冷たくしたやつ」
「冷酒? 量は飲めないけど、嫌いではないよ」
「そんなら用意しとくわ」
「楽しみ」
もふん、と小夜が腹に顔を埋めた。その様子が愛しくて、思わず頭を撫でる。と、「大好き」という甘えた声が返された。
当然、悪い気はしない。というよりも、とても良い。
「そんな好きぃ?」
「もう大好き。全部好き」
「俺の腹も?」
すると小夜は腹から顔を離して、ファットの顔を見上げた。
「太志郎さんのお腹はね、癒しです。大大大好き」
「せやったら、クッションやのうて、ずっと俺によっかかっとったらええやんか」
「だって太志郎さん、暑苦しいの苦手じゃない? ベタベタされるの嫌じゃない?」
「丸いからって暑さに弱いと思わんといてや。嫌なことあるかい。なんで本物ここにおんのに偽物に抱かれとんねんって前から思とったわ」
すると小夜は一瞬、意外そうな顔をして、そして次にふふっと笑った。
「なん?」
「ん、なんだか妬いてるみたいだなぁって思って。クッションに」
「しゃあないやん。あっちの俺、本物の俺とおんなじくらいにかわいいし」
「わたしばっかりやきもちやいてるのかなって思ってたから、ちょっと嬉しくなっちゃった」
(君がやきもちやきなのは知っとる……っちゅうか、最近知った)
「せやで〜、ファットさんは自分にも妬くんや。せやから、たまにはクッションやのうて自分から俺の上に座りにきてや」
「うん」
にっこり笑って、小夜がフルートグラスを傾けた。細長くて繊細なグラスは、やっぱり小夜によく似合う。
「なに?」
「いや……。さっきも言うたけど、俺の彼女めっちゃかわいいな思て」
「太志郎さんもかっこいいよ」
言葉と同時に、小夜の手が頬に当てられた。彼女が何を待っているのかは、もう聞かなくてもよくわかる。
だからファットはかがみ込み、そっと小夜にキスをした。
やわらかな彼女の唇は、華やかで香り高いイタリアワインの味がした。
2021.7.2
こちらはPrivatter収録「お厚いのがお好き?」直後のお話となります。
- 20 -