ベッドの上で何度目かのキスをかわしたあと、ファットガムがつぶやいた。ベッドサイドテーブル上のスプマンテは、もうすぐ空になる。
「それ、俺に買わせてくれへん? せっかくやし、一緒に選ぼ」
明るい声を受け、うーん、と小夜は考えこんだ。
まず、自分の着る下着を彼に選んでもらうのが恥ずかしい。どういうときにそれを着るかを、どうしても想像してしまうから。
それにインポートのいい下着というものは、総じて高価だ。ファットガムが高収入であることは周知の事実であるけれど、あまりに高価な物をプレゼントしてもらうのは悪い気もする。
「恥ずかしいん? まあ、俺といると目立ってまうしな」
すまなさそうに、ファットが頭をかいた。
ファットガムといると目立つ。それは確かだ。この縦にも横にも大きな身体で、何をしていてもどこにいても、すぐにファットだとわかってしまうからだ。
ただ、小夜は目立ってしまうことについては、もう気にしてはいなかった。
ファットガム自身が小夜の存在を隠そうとはしていないように思えるし、小夜ももう、会社に知られるのは時間の問題だろうと思っているからだ。
女性の下着を選ぶ姿をファンの前にさらすのはヒーローとしてどうなのか、と言われそうだが、そこもたぶん問題ない。なぜなら件のランジェリーショップにはvip専用の個別対応ルームがある。しかも小夜が利用している店舗は、湧水家が外商顧客になっているデパート内にある。専用ルームの予約は簡単に取れるだろう。
「そこは気にしてないよ。けど、ちょっと……」
「ちょっとってなんなん?」
この流れで選んでもらうのが恥ずかしいというのも、なんだかきまずい。かといってお値段が張るからというのは、ファットガムが高給取りであるが故に、逆に言いにくい。
戸惑っていると、彼が不思議そうな顔をした。
「そない奇抜なん? なおさら気になるわ。通販ページとかないん?」
「オンラインショップならあるけど、見てみる?」
ん、とファットがいらえ、サイドテーブルの脇に収納されていたタブレットを取り出した。彼に後ろから包み込まれたまま、それを眺める。
するとすぐに、呆れたような声があがった。
「うわ、高っ! ブラジャー一枚が五万円? なん? おんなのひとの下着って、こないに高いん?」
「ここはちょっと特別。引いた?」
「あ、いや。ちゃうで。よう考えたら、俺の為に小夜がこないに散財してくれた思うと嬉しいわ。そうなると、ますます俺が買うたらなあかんちゅう気持ちになんで」
どう応えるか迷って、小夜は軽く眉を下げた。それをファットガムが見逃すはずもなく。
「小夜。もしかして恥ずかしいだけやのうて、高いから俺に悪いとか思うとる?」
「……まあ、それもあるかな……」
「ええやんか。俺との豊かなナイトライフのための下着やん。やったら俺の下着も同然や」
「そういう理屈になるの?」
「なる! ほんで俺は! 小夜の下着を! 俺のこの目で! 選びたい!」
振り落とされそうになるくらいの、それはものすごい力説だった。
こらえきれず、小夜は吹きだした。
ファットガムはこういうところがほんとうにずるい。大きくて強くてカッコよくてかわいくて、そしてファニーだ。
こんなふうにされたら、だめと言えるはずがない。
だから小夜は笑いながら告げる。
「それでは、お願いします」
「今度一緒に選びに行こな」
「うん」
ところが、これで終わるのかと思いきや、ファットはまだタブレットを離さない。
長く太い指が画面をスクロールするたび、華やかなレースやセクシーなデザインの下着が次々と画面に映し出された。そのたびに彼は「普通っぽいのもあるんやな」とか「えっちやなぁ」とか「たまらんなぁ」とか「これええなあ」とか口にする。
と、ファットの指がショーツのページで止まった。
彼の視線に気づいた小夜が、先に軽く釘を刺す。
「太志郎さん」
「ん?」
「わたし、タンガは苦手だから」
「タンガってなん?」
「太志郎さんが今みてるTバックのこと」
「なんで嫌なん? えっちでええやん。俺は好きやで」
「おしりが冷えそうでいやなの」
「……尻が冷えるて、君、そんなオバーチャンみたいな……」
ファットはそう言いながら残念そうな顔をしたが、それ以上は食い下がらず、タブレットに視線をもどした。
そして次に琥珀色の瞳が止まったのは、ナイティのページ。
「こういうガウンとかもあるんやなぁ。外国の映画みたいやん」
それは袖口に見事なレースがあしらわれたナイトローブだった。ボタンはなく、リボンベルトで結ぶタイプだ。
素材はシルク。白、黒、赤、ワインレッド、ブルー、紺、紫、ベビーピンクと色味も豊富だ。
ただしこの品、丈が短い。膝上15センチはあるだろうか。
「これもまた、ええ値段しよるな」
「そうね」
「金持ちのキザなおっさんがこれ女の子に着せて『俺といるときはこれ以外身につけたらあかんで』とか言うんやな」
「それはあまりにもベタじゃない?」
「いや、そらほんま男の夢やて。俺もやりたいもん。やってもろてもええ?」
「だめ。おなかもおしりも冷えちゃう」
とても魅力的なローブだけれど、なにしろ丈が短すぎる。これでファットの希望を叶えたら、いろいろなところが丸見えになってしまう。
「君はこう、人にはムードとか言うわりに、自分はむっちゃ現実的なこと言いますね。ただ小夜、このガウンめっちゃ似合うと思うで」
「……じゃあ、丈が長いのなら。あとショーツははきます」
「まあ、パンツはきたいちゅうのは当然やし、ええよ。せやけどガウンの長いのはちゃうねん。これやと足首まで隠れてまうやん。ロングはいややぁ」
いややってあなた、そんな子どもみたいな……と思ったが、こういう率直なところがファットガムの魅力でもある。彼のそんなところにも惹かれている小夜は、やっぱりすこし、笑ってしまった。
「じゃあ、妥協案としてミドル丈はどう?」
「ミドル丈って、お膝見えとるこれ?」
「そうそう」
ファットは少し考え混むような顔をした。これを着た小夜の姿を想像しているのかもしれない。そう思うと小夜は少し、いや、かなり恥ずかしい気持ちになる。
「フム。かわいいやん。これで手を打と。色は向こうで決めよな」
「うん。でもなんか悪いな」
「なに言うとるん。ええに決まっとるやん。楽しみやなぁ」
それに、とファットは小夜を抱えている腕に、ほんの少しだけ力を込めた。
「もういっこ気になっとるんやけど」
「なに?」
「さっきえっちしたとき、俺、君のブラけっこう強引にひっぱってしもたんや。破れたりしてへん?」
「大丈夫よ」
「ほんま? 伸びとらん?」
小夜は身体をねじ曲げて、ファットガムの顔を見上げた。ふくふくしたほっぺにまあるいおめめ、すまなさそうに下がる金色の眉毛。
このひとはほんとうにかわいくて、そして優しい。
もしかしたら、と小夜は思った。
だから下着を一緒に買いに行こうと言い出したのかもしれない。弁償すると言われても、小夜はそんなのいいよと断るだろう。きっとこのひとはそれもわかっている。だから……。
目の前の優しく大きなひとがどうしようもなく愛しくなって、小夜は微笑みながら彼を見上げた。
「たしかめてみる?」
するとファットは一瞬だけ目を見開いて、次にそれをすっと細めた。琥珀色の瞳の奥にぽつりとともるは、情欲の炎。
ファットは小夜の持っていたグラスを優しくとって、そしてサイドテーブルに置いた。音もなく。
「君はちょいちょい、とんでもない色気を出してきよるよな」
言葉と共に横抱きにされ、ふわふわしたお肉に包み込まれた。
今小夜を包み込んでいるのは、数多の敵を沈め、同時に数多の人を助けてきた彼のおなかだ。
ヒーローとしての彼を象徴するその部分に包まれることを、小夜はとても光栄に思う。
大きな手が頬に当てられた。太い親指がついと動いて、小夜の唇をゆっくりとなぞる。
指は動き続ける。小夜の上唇をなぞり下唇へ。じらすようにゆるやかに。
小夜の奥底に潜んでいた甘く切ない熱が、じわじわと全身にひろがっていった。それはさきほどファットから与えられた快楽のなごり。
このあとなにがおきるかを、小夜はすでに知っている。
次いで大きな背が丸められ、ファットの顔が近づいてきた。
小夜はそっと眼を閉じて、優しい彼からの口づけを待つ。
2021.7.7
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