Privatter掲載「ビトウィーン・ザ・シーツ」の続き
ここから先は「ポップロックキャンディシャワー」の合間のお話となります
「お誕生日おめでとう!」
持参した辛めのカヴァを開けながら、小夜がファットとグラスを合わせる。
「おおきに……っちゅうか小夜、祝ってくれるんはありがたいけど、それもう十回くらい言うてへん?」
「だって、お祝いしたいんだもん」
ハイハイ、と苦笑しながら、ローファット気味のファットガムが、杯をあおる。
「それより小夜、大丈夫か? 疲れとらん?」
「……今はもう大丈夫」
「ほんならええんやけど」
と、ファットはそれでも心配そうに眉を下げた。彼がこんな質問をしたのにも、小夜が一瞬応えにつまったのにも理由がある。
ふたりは昼から夕方にかけて、熱く濃密な時間を過ごした。そのあたりはまた別の話となるが、行為があまりに濃すぎたため、小夜はそのあと小一時間ほど動けなかった。
「わたしは平気だから、太志郎さんはどんどん食べて」
「おん……これ、うまいな」
促され、アンチョビポテトを山盛り口に運んだファットが、咀嚼しながら満面の笑みを浮かべた。
ローテーブルの上には食材が並んでいるけれど、これらはすべてつまみである。
夕飯は小夜が動けるようになるのを待って、ファット行きつけの焼き肉屋にてすませてある。上質の肉を山ほど食した甲斐あって、結果にコミットしていたファットガムは、昼間よりもほんの少しだけ丸みを帯びた。
それはさておき、テーブルの上に並ぶのは、生ハムサラダ、ラタトゥイユ、きのこのアヒージョ、サーモンのカルパッチョ、たこのピンチョス、スペアリブ、からあげ、小魚のエスカベッシュ、アンチョビポテトなどのカヴァに合いそうな料理ばかりだ。
すべて小夜の手作り、と言いたいところだが、ワインと一緒にデリで購入したものだった。
「これで足りそう?」
「充分やで。こないに買うてるとは思うてへんかったから、めっちゃ嬉しいわ」
ともかくも、ファットの身体を元に戻すことが先決だ。なにせ、今、ファットの身体はローファット。一刻も早く、いつもの丸く大きな身体に戻さねばならない。
「今日は泊まっていけるんやろ?」
「うん。でも、いていいの? 太志郎さんは脂肪つけないとだめでしょう?」
「俺は明日もオフやし、かまへんよ。ちゅうかな、俺が小夜にいて欲しいんや」
と、ファットガムが小夜の手をとって、その甲に唇を寄せた。
「あ、忘れてた。プレゼントがあるの」
「エー! 大盤振る舞いやん。あない良うしてもろたのに、そのうえ別にプレゼントまで……俺はなんちゅう幸せもんやろか……」
「……そこまでおおげさに喜ばれちゃうと、逆に出しにくいんだけど……」
「そないなこと言わんと。ホラ、出し? ファットさんお行儀ようして待っとるで」
言いながら、ファットガムが大きな身体を丸めて、ちょこんと正座した。その様子がまた愛らしく、ついつい笑みがこぼれてしまう。
さ、と促され、小夜はトートバッグから酒瓶を取り出した。
「いろいろ考えたんだけど、今回は消え物にしてみました。お酒です」
「片割れ月やん!」
片割れ月は幻の日本酒と言われるもののひとつだ。
方々手を尽くして、やっと手に入れた四合瓶。
「よう手に入ったな」
「頑張りました」
「ほんま、今日はおおきに」
どういたしまして、と応えると、ファットガムは目をちょっと細めて微笑した。琥珀色の瞳の奥に、かすかに揺らめく金の炎。
「……小夜……小夜ちゃん」
その呼び方に、小夜は杯を傾けていた手を止めた。
かつてファットは小夜を常にちゃんづけで呼んだ。だが最近は違う、事務所では湧水さん、普段は小夜、そして名前のあとにちゃんをつけるのは――。
「これ全部食うたら、もっかいしてもええ?」
予想通りの言葉を受けて、小夜はフルートグラスをテーブルに置いた。
「だめ」
「エー、なんでぇ? 身体大丈夫言うたやん。小夜、明日休みやろぉ?」
「だって、したらカロリー消費して、せっかくご飯食べてついたお肉が落ちちゃうでしょう? 太志郎さんの体重がもう少し戻ってからね」
「やって、身体戻ったら、ますます小夜に負担かけてまうやん」
ああ、と小夜は心の中で息をついた。
このひとはやさしいから、そういうことも気にかける。
「あのね、そうでもないのよ。それにわたし、丸い時の太志郎さんとするの好き」
「せやのぉ?」
丸顔というほどではないけれど、ややお肉がついたお顔にファットが笑みを浮かべた。
「せやったら、俺、今日中にカラダ戻すわ」
それはさすがに無理では、と思ったが、口には出さなかった。凄い勢いでテーブル上の料理が消費されていくのを見ていたら、本当に戻せそうな気がしてきたからだ。
だがすでに、ファットの股間は服の上からでも見て取れるほど、硬く大きくなっている。
「太志郎さん」
「おん?」
「もしつらかったら、その……また、お口でする?」
「へ?」
「……それ」
ああ、と小さく呟いて、次にファットは軽く片方の眉をあげた。
「あんな、小夜」
「はい」
「君、なんか勘違いしとる気ぃするから言うんやけど、俺な、出したいっちゅう性欲だけで、やりたい言うとるわけやないねん」
「ごめんなさい……嫌だった?」
「ちゃうて。嫌なわけないやん。してるときも言うたけど、俺はしてもらうのもめちゃくちゃ好きやで。小夜さんの気が向いた時でけっこうですんで、これから先もしたってください。お願いします」
と、ぺこりと頭を下げたので、おかしくなって笑ってしまった。
ほんでな、と彼が続ける。
「やりたいかやりたくないかって聞かれてたら、そらやりたい言うわ。けどな、ほんのちょっとちゃうねん。なんや難しゅうてうまく言えへんのやけど」
ファットは考え混むように腕を組み、やがて再び口をひらいた。
「せや、メイクラブやな。俺は小夜とセックスがしたいんやのうて、メイクラブがしたいんや。心と体でつながりたいねん。俺が何度もやりたがるのは、出したいっちゅう欲だけやのうて、小夜の心と身体の両方を、隅から隅まで愛したいねん」
わかった?、とウインクし、ファットが続ける。
「やから、今日はぎょうさん愛させてくれてありがとう。ほんま幸せな誕生日やったわ」
このひとは、自分がいま、何を言ったかわかっているのだろうか、と小夜は思った。心臓に風穴一発どころか、愛情の一斉射撃を受けたような気分だ。
本日誕生日を迎えたひとから、すごいプレゼントをもらってしまった。
「太志郎さん」
「ん?」
ふたたび卓上の料理と格闘し始めた恋人が、目だけをこちらに向けて応える。
「お誕生日おめでとう」
「せやから、それ十一回目やで」
「うん、知ってる。それからね、大好き。世界で一番太志郎さんが好き」
口いっぱいに食べ物を頬張りながら、ファットガムが驚いたように顔をあげる。まんまるなおめめが、とてもかわいい。
咀嚼した食べ物をごくりと全部飲み込んで、彼が呆れたようにつぶやく。
「小夜ちゃん。せやからほんま、そういうとこやで」
覚悟しとき、と言いながら、ファットは軽く眉をさげ、そしておひさまのように破顔した。
2021.8.8
2021年ファットガム誕
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