甘い生活

 オレンジ色の太陽が、ビルの谷間に吸い込まれてゆく。枯れ葉が舞い散る初秋の夕暮れは、やさしくそして美しかった。
 今日は穏やかでいい一日だった。もうすぐお菓子も焼ける。コーヒーメーカーのセットもすんでいる。あとはおひさまのような、おおきなひとを待つだけだ。

「カップはこれ」

 独りごちながら、プラムを中心に小花が配置されたコーヒーカップを選びとって、キッチンカウンターの上に置く。と、その瞬間、チャイムが鳴った。

「おお、なんかええ匂いやな」

 扉を開けたとたん流れてきた明るい声に目だけで笑んで、小夜はついと背伸びをする。ファットガムもまた同じように目だけで笑んで、腕だけでひょいと小夜を抱き上げた。

「おかえりなさい」

 小夜はふっくらしたほっぺに、ちゅ、とキスをした。と、ファットが甘えたような声をあげる。

「ほっぺやのうて、お口にしてやぁ」
「おくちはまた……」

 あとで、という言葉は大きな口の中に飲み込まれる。ほんの、一瞬。

「奪っちゃった」

 強引だがライトなキスをした犯人が、いたずらっぽく笑った。もう、とふくれて見せたが、小夜が怒っていないことはとうに見透かされている。その証拠に、ファットはまったく悪びれないようすで笑っている。

「ところで、これなんの匂い。甘くて美味そうな匂いやけど」
「さつまいもをたくさんいただいたから、スイートポテトを作ってみたの。おやつにと思って」

 そらええな、と答えながら、ファットガムが小夜を床にそっとおろした。

「ほな着替えてくるわ」

 うん、と応えて、小夜はコーヒーメーカーのスイッチを入れた。とたんに、甘い香りで満ちていた室内に、深入りブレンドのビターな香りが混じり始める。そこに響いたのは、加熱終了の電子音。
 ミトンをつけて、オーブンを開ける。バターとお芋の甘い香りが、また強くなる。

「でっか!」

 キッチンに戻ってきたファットが、オーブンの天板いっぱいのスイートポテトを見て、喜びの声をあげた。

「太志郎さんは大きい方が好きかなと思って」
「せやなあ、俺はおっきいほうがええわ。それにめっちゃうまそうやで」

 そういって笑うファットだけれど、やさしい彼がなにを作ってもこうして褒めてくれるであろうことを、小夜はすでに知っている。彼は本当に褒めじょうずだ。

「さ、食べましょ」

 ナイフを出して、天板のスイートポテトを切り分けた。
 ファットのお皿には大きく切ったスイーツを、自分のお皿には一口サイズにしたものを、それぞれ盛り付けて。その間にファットが、用意していたプラムのカップにできあがった深入りのコーヒーを注ぎ、テーブルまで運んでくれた。

「いっただっきまーす」

 おおきなおててをぱあんと合わせ、ファットガムがスイートポテトをばくりと食べる。

「うまい! めっちゃうまいでこれ!」
「ありがとう」

 微笑みながらそう答え、小夜もスイートポテトを口元へと運ぶ。
 たしかにけっこうおいしくできた、と、心の中で自画自讃。

「また濃いめのコーヒーが甘いポテトと合うんやなぁ」
「スイートポテトがけっこうどっしりしてるから、コーヒーはビターな方があうかなって思ったの」
「うん、正解や。天才。毎日うまいもん食わしてもらえて、俺は世界一のしあわせもんやな」
「違うよ。世界一しあわせなのはわたしだから。太志郎さんは二番」

 するとファットはフォークをカランと取り落とし、おおきな両手でおおきなお顔を覆ってしまった。

「ちょお待って……ソレ……反則」

 いや、その照れ方のほうが反則でしょう。自分はいつも、世界一しあわせだの世界一かわいいだのと言うくせに。
 小夜は内心で、そう呟く。

「ほな……」

 左手は顔を覆ったまま、右手でテーブルの上に落としたフォークを拾い、ファットが笑った。

「俺たちは世界一しあわせなカップル、っちゅうことでどないやろか?」

 うん、と応えて、スイートポテトとコーヒーをかわりばんこに口へと運んだ。やっぱりおいしい。特に甘い品種のお芋のマッシュにバターをたっぷり入れたから、どっしりしていて甘くって。
 でも、苦いはずの深入りのブレンドが甘く感じられるのは、たぶんスイートポテトのせいだけじゃない。
 それはきっと、と小夜は思う。
 きっと、世界で一番やさしくて世界で一番甘い彼と、一緒にいられるからだろう、と。

2022.11.13
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